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「アメリカ、家族のいる風景」

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監督:ヴィム・ヴェンダース
脚本:サム・シェパード
出演:サム・シェパード、ジェシカ・ラング、ティム・ロス、ガブリエル・マン、サラ・ポーリー

 ヴィム・ヴェンダース監督作品。なので、けっこう期待して見に行きました。
 今年2回目のカウボーイ作品。
 ヴィム・ヴェンダースといえば、私はどうしても「ベルリン・天使の詩」を思い出してしまう。それくらい、あの作品は私にとって衝撃でしたし、思い出深い作品でした。今でも、見てて涙が滲むくらい。ただ、「ベルリン…」は逆に、彼の作品の中で異色なのかもしれません。さて、そんな私が見た、「アメリカ、家族のいる風景」とは。



 この映画は、唐突に、撮影場から主人公ハワードが逃げ出すシーンから始まります。
何故彼が逃げているのかは分かりませんが、彼は焚き火を前にして、「どうして死ななかったのか」と呟きます。
 もしかすると、突然、何もかもが嫌になったのかもしれません。限界を感じ、彼は30年も音信不通だった母親の元へ帰ります。しかし、この母親、なかなか手強い(苦笑)。最初は長く離れていた息子の顔が分からないし、出迎えに造花を持って現れたり(結局は父親のお墓に供えるためのもの)、息子のゴシップの新聞記事をノートにして保存していたり。息子が居たとしても、彼に対し特に注意を払うわけでもない。30年の時間は、彼女の中で、息子をどこか遠い存在にしてしまったのかもしれません。なんというか、彼女は彼女なりに息子を愛してはいるんだけど、彼が不在だった時間が長すぎて、その不在に慣れてしまったような感じ。それはともかく、彼女は息子のしでかした事を全て知っていて(新聞記事の保存してるくらいですから)、彼の息子(彼女にとっては孫)の存在を彼に告げる。

 それに動揺した男は、息子を探しに行くことを決意するのですが、彼は何故息子を探し出そうとしたのか。
 それはともかく、(いろいろありましたが)、なんとか昔の恋人であるドリーンを探し当て、そしてそれを同時に息子の姿を目の当たりにする。
 しかし、その姿はあまりに自分にそっくりで、彼は衝撃を受けるのです。

「こんな気分になるなんて」
「とても辛い」
 
 何故、彼は息子を探そうと思ったのか。
 息子のアールは当然ながら、拒否反応を起こし、父であるハワードと、そして母親であるドリーンにすら拒絶反応を示してしまう。(息子に対する父親の気持ち、父親に対する息子の気持ちというのは、娘へのものとは少し違うのかもしれませんね)
 息子も既に30歳。若い時は父親の存在を恋しく思い、心にぽっかりとした穴が開いていましたが、長い年月をかけて、彼はそれを修復していった。今更、その穴に再び突き落とされたくはないのです。
 ですが、一方の娘のスカイは逆に彼を探し出します。彼女は父親が誰であるかを最初から知っており、自分と父親との共通点を見出そうとしていました。
「あなたは家を作らないの?」
 壊れた家具に囲まれて、彼女はそう聞きます。

 ですが、ここにきてもまだ、ハワードは正面から物事に向かい合うことを避けているのです。
 息子に拒絶された後、彼はドリーンに復縁を持ちかけますが、今度は彼女にも拒絶されてしまう。
「あなたは今度は私の人生の中に隠れたいのよ」

 それでも、彼が来たことで、ドリーンやアールの中で、少しずつ何かが変化していく。以前のような生活には戻れず、「そこにないもの」を「ないもの」として素通りすることはできなくなった。それには「ハワード・スペンス」という名前がつけられたのです。
 ハワードは結局、自分から進んでではなく、他人の介入によって娘と息子に対面することになるのですが、そうしてようやく、彼らは互いに歩み寄ることができた。その後、ハワードはすぐに自分がいるべき場所:映画の撮影場所に向かいますが、劇中劇の言葉通り、「いつまでも君の心の中にいる」のです。


 人生はやりなおすことができない。
 でも、そこに変化を起こすことはできる。
 さすらいのカウボーイがふらりと立ち寄った場所は、結局、安住の地ではないんだけど。彼らはまた新しい場所に旅立つことができたわけです。


 さて。
 簡単に言ってしまうと、この作品は、2×歳の小娘には早すぎる作品だったようです。
 多分、この作品はある程度人生経験を積んだ、50代以上の人が見るべき作品なんじゃなかろうか、と思いました。「アイズ・ワイド・シャット」を見たとき、友人の母上が、「この映画はね、大学生の小娘なんかには分からないのよ。結婚してね、何年か経たないと分からないわ」なーんて言っていたのを思い出しました。
 スカイやアールの気持ちはなんとなく分かりますが、ハワードの気持ちとなると…。彼が感じていた人生に対する空しさは、ハワードの年齢のものと、20代のものとは明らかに違っているでしょうし。彼は自分の人生を振り返る段階に来ていますが、20代の私はまだ駆け上っている真っ最中なんでしょうね。

 そんなハワード自身は、本当にダメダメな男です。
 ですが、心の底から嫌いになることもできないんですよね。それにしても、サム・シェパードの皺だらけの顔、ごつい手を見るだけで、なんとなくその人の人生を感じることができるというか。
何はともあれ、キャストが本当に素晴らしい。女性陣は本当にグッジョブとしか言いようのない出来ですし、ティム・ロスの不思議な演技も笑えます。

 また、全編通してカントリーミュージック(?)が鳴り響き、ちょっと鳴りすぎかなぁ、と思わない事もないですが、聞いていて面白い。古き良き時代のアメリカ、というか、アメリカ独特の乾いた雰囲気を出すのに一役買っています。

 また、この映画、ふとした瞬間に映される、街の映像とその構図が非常に美しい。こういうのって、ホント、監督のセンスなんだろうなぁ…。
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by azuki-m | 2006-04-24 00:53 | ■映画感想文index

ちょっとした近況報告。

…異動したばかりでなんですが、「ありえないよー!!(大泣)」ってな大問題が発生。
既に逃げ出したい気持ちでいっぱいです。
…どうしたらいいのかしら…。


……まぁ、そんな事はおいておいて。
また面白そうな映画が続々上映されますねー。
「アメリカ、家族のいる風景」だとか、「ブロークンフラワーズ」だとか、「メルキアデス・エストラーダの3度の埋葬」だとか、「ぼくを葬る」だとか。(あくまで関西時間…)
(横の写真は「ブロークンフラワーズ」の一場面)
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「ブロークンフラワーズ」には、またまたティルダ・スウィントンを見ることができますよ!!
てぃるだー!!
何はともあれ、非常に魅力的な監督の作品が続々と上映されるようなので、今からとっても楽しみです。
そういえば、ハネケの「隠された記憶」も関東では4月29日に公開なのかな。


「ダヴィンチ・コード」にも結構期待しているのですが…(いや、いろんな意味で)。
どうでもいいですが、原作の冒頭、被害者がよりにもよってカラヴァッジオの絵を投げ捨てる(ちょと違う)シーンがありまして、それは作中、唯一(心の中で)大絶叫したシーンでした。
映画でそんなシーン見たら、どうなっちゃうんだ、私。

なんにせよ、公開が待ち遠しい映画ばかりです。

人はこれを現実逃避と呼ぶんでしょうね…
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by azuki-m | 2006-04-20 01:59 | ■映画こぼれ話

「三月のライオン」

f0033713_1283573.jpg監督:矢崎仁司
脚本:宮崎裕史、小野幸生、矢崎仁司
出演:趙方豪、由良宜子、奥村公延、斉藤晶子

 初めて書く邦画の感想文。
 しかしこちらもアップリンクの配給です。
 一時期、見る映画見る映画アップリンクが配給していて、映画の前に何度あのバッテン印を見たことか(笑)

 簡単に言うと、これは兄に本気で恋した妹のお話。




本編紹介文から(この文章がものすごく好きです):
兄と妹がいた。 妹は兄をとても愛していた。 いつか、兄の恋人になりたいと、心に願っていた。 ある日、兄が記憶を失った。 妹は、兄に恋人だと偽り、病院から連れ出した。 記憶喪失の兄は、恋人だという女と一緒に暮らし始めた。 そして、兄は恋人を愛した。 恋人の名はアイス。 氷の季節と花の季節の間に三月がある。 三月は、あらしの季節…

「愛があれば、しちゃいけないことなんて何もない」


 映画は、裸の妹がアイスをなめながら、部屋に一人でいる映像から始まります。その手にはなぜか銃。引き金を引いた後、倒れる妹。…こんな冒頭でしたから、私は、この映画はあまりいい結末になりそうにない、と思ったのですが。(今思えば、あれは一種の「生まれ変わり」を意味する場面だったのかしら)
 二人はもうすぐ壊されるんじゃないか、っていうボロボロのアパートで暮らし始めます。何もない、埃だらけの部屋。ゴミ捨て場から家具を調達し、家に持ち込む二人。まるでママゴトのような生活です。
 妹は、兄がいつ記憶を取り戻すかと心配でたまらない。偶然出会った老夫婦のように、いつまでも一緒にいられたらと望むのです。もし、兄が全てを思い出してしまったらどうなるのか。ですがいろんなきっかけから、兄は徐々に記憶を取り戻していく。
 やがて、兄は兄妹が兄妹として暮らしていた部屋に辿り着く。彼はその部屋で号泣するのです。記憶は戻り、彼は自分が妹を抱いたことを知りますが、時既に遅し。兄もまた、妹を愛するようになっていたのです。
 やがて、妹は兄の子供を生む。



 さて。
 上記のとおり、近親相姦を扱った作品なんですが、全体的に透明感があって、非常に美しい作品。壊れていく建物、散らかった部屋。ここに出てくる建物って、なんだかどれも壊れかけだったり、或いは壊されていたり、古かったりして、完全なものがほとんどありません。壊れかけていく何かは、兄妹の今を象徴したものなのだろうけど。二人のママゴトじみた愛情も、ゆっくりと生々しくなっていき、最後の方は貪るような感じでセックスに雪崩れ込んでいきます。

 それにしても、妹は兄に「アイス」と名乗っているのですが、彼女は常に棒付きアイスの入ったアイスボックスを持ち歩いたり、プレゼントの下着を街のど真ん中でいきなり履き替えてみたり(ホントに嬉しかったんだろうね…)、見知らぬ男とベッドに入ってみたり(兄の服を調達)、その行動が面白い。なんだかものすごく純粋な、子供のような女性です。子供を生んだとき、号泣したのは、嬉しかったからか、悲しかったからか、怖かったからなのか、ちょっとよく分かりませんが。

 「三月のライオン」というタイトルは、ヨーロッパの格言から取ったんだそうですが。この題名を聞いただけで、「見てみようかな」という気分にさせる、とてもセンスのいいタイトルだと、私は思っています(笑)。

 こちらも随分前に見た映画。
ですが、今でも場面場面が思い出せるというか、空虚でありながら、本当に美しく、どこか懐かしさを持った映像に仕上がっている映画。今のところ、邦画の中で、一番好きな作品かも。もう一回見たい…。
 一部では非常に評価されている映画なのですが、いかんせん、知っている人が少ないみたいです…。本当にいい映画なんだけどな。



蛇足ですが。
矢崎監督は、ベルギー王室主催のルイス・ブニュエルの「黄金時代」賞をこの作品で受賞しているのですが、前年度は、デレク・ジャーマン(以下、DJ)の「エドワードⅡ」が受賞しているそうなのですよね。矢崎監督はDJを非常に尊敬していたらしく、この賞を取って、ものすごく嬉しかったそうです。で、一度DJと仕事をしたかったらしく、文化庁の海外派遣制度を使ってイギリスに留学されたとのこと。ですが、ロンドンに行った直前、DJが他界。
矢崎監督と、DJがタッグを組んだら、どんな作品が出来上がっていたのか。ものすごく残念でしょうないです。
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by azuki-m | 2006-04-17 01:34 | ■映画感想文index

「ラストデイズ」

f0033713_2231511.jpg監督:ガス・ヴァン・サント
脚本:ガス・ヴァン・サント
出演:マイケル・ピット、ルーカス・ハース、アーシア・アルジェント、ハーモニー・コリン

 ニルヴァーナのカート・コバーンに捧げられた映画。
 ですが、主人公の名前は「ブレイク」となり、映画の中でニルヴァーナの曲は使われていないそうです。…と、いっても、私はニルヴァーナについてほとんど何も知らないのですが。


 さて、どう書くべきか。
 非常に、感想の難しい映画です…。
 なんというか、いろいろな場面をそのまま映し、それを切り貼りし、映画という形にしたような感じです。事実、脚本はたったの11ページだったそうで。
 ニルヴァーナのカート・コバーンに捧げられた映画とありますが、彼の自殺の謎に迫った映画ではありません。なんというか、「ブレイク」の死の間際の二日間を淡々と追っていき、そこに映った映像をそのまま流しているというか。彼の死に理由があったのか、なかったのか、それすらもよく分からず、ただ最後に彼の死体(そして、抜け出していく彼の魂?)がぽんと放り投げだされる。

 映画は、ブレイクが薬のリハビリ施設を脱走し、森をさ迷うシーンから始まります。
 かなり遠いところにカメラが設置されているのか、彼の姿はとても小さい。
 森の中でさまよう彼を見て、なんだか「ポーラX」の森のシーンを思い出しました。撮り方は全然違いますが(なんで思い出したかというと、多分、私があの映画が大好きだからでしょうな:汗)。混乱や、迷路の中にいる(或いは入り込む)主人公を撮るのに、森はいい小道具なようです。
 森の中を横切る河を渡り、彼はようやく「こちら側」に来る(河のこちら側に設置されていたカメラに近づく)。小さかった彼が、ようやく画面にはっきりと映し出されます。それでも彼の全身がようやく画面いっぱいに映ったくらいで、顔までは映してくれません。

 ブレイクの顔を正面からアップで撮ったのは、死ぬ間際の画像くらい。後の映像はどこか遠くからとられたり、後姿だったり、髪で顔が隠れていたり、撮る角度のせいで表情が見えなかったりと、なかなかはっきりと映してくれません。だから、彼がどんな表情をしているのかは、今ひとつよく分からない。
 声はひどく曖昧で、半分夢の中にいるような、虚ろで小さな声で、ほとんど聞き取れませんでした。(字幕さん、ありがとう!)薬の影響かなんなのか、終始ぶつぶつ言ってるんだけど。彼がはっきり喋った(?)のは、歌うときだけじゃなかっただろうか。

 また、一つの映像を別視点で撮ったりと、見ている側としても混乱させられます。どんな意味があって、そんな撮り方をしているのかはちょっとよく分からないのですが、もしかすると、「問題を抱えている人がいるのに助けられない」(ガス・ヴァン・サントの言葉から)周囲の人を切り出して描いているのかもしれません。
 冒頭でも書きましたが、どこまでも淡々とした描き方。「エレファント」の流れを引き継いだ映画ですが、こちらのほうが更に「自然体」に近くなっているというか、なんというか。そのせいか、私の後ろにいた観客さんは寝てましたが(汗)。


 そして、「ブレイク」という人物は、なんだかとても不思議です。
 彼は大成功を収めたロック歌手という設定のようですが、本人はそれを「ただの客観」として捉えている。最初はよかったのかもしれないけれど、次第に自分の置かれている状況に戸惑いを覚えていったのです。
「絶えず誰かが訪れる」
 彼は一人になりたいのに、家にはいつも誰かが訪れる。居候達、電話帳売り、モルモン教の信者、探偵たち。そして、彼の周囲は様々な音が溢れ、気の休まる暇もない。
 そんな彼が逃げ込む場所は温室であったり、楽器であったり。夜中に彼が一人で歌う「Death to Birth」がなんだか悲痛。そして彼は温室で、たった一人で死んでいく。彼が死んだとしても、最期の瞬間に何をしたか、誰もわからない。
 カート・コバーンにインスパイアされて生まれた人物だということですが、リヴァー・フェニックスなど、別の誰かも連想させます。(ガス・ヴァン・サントは親友のリヴァーの死に大きな影響を受けたそうですし)

 人は最後に何を考えるのか。それとも、人が死ぬことに、いつもはっきりした理由があるんだろうかとか。
 人が死ぬということは、こんなにも単純であっけない事なのかもしれません。




 蛇足ですが。
 主役のマイケル・ピットが女装をしているシーンがあるのですが、それがあまりにエロティックでびっくりしました。男性が無理をして女性になろうとしているわけではなく、彼は彼のまま、女性の格好をしているのですよね。男性がぱっと黒いドレスを着る、それが全くグロテスクではなく、ある種の淫靡さを出すことに成功しています。マイケル・ピットは本当に男性的な、いい体格をしていますし、そんな人が女性のドレスを着ることに、違和感がないのもすごいのですが。…いやぁ、こういう、ちょっと倒錯的な映像をさらりと流してくれるガス・ヴァン・サント、グッジョブです。
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by azuki-m | 2006-04-13 02:32 | ■映画感想文index

「クラッシュ」

f0033713_23144225.jpg監督:ポール・ハギス
脚本:ポール・ハギス、ボビー・モレスコ
出演:ドン・チードル、マット・ディロン、ジェニファー・エスポジート、ウィリアム・フィクトナー

今年度アカデミー作品賞受賞作品。

 今更ですが、この映画の感想文なんかを。結構前に見たんですが(汗)。
 公開場所を広げるようなので、書いてみました。
 ロスの2日間に、同じ時間、異なった場所で、異なった人々が繰り広げる群像劇。
 登場するのは刑事たち、自動車強盗、地方検事とその妻、TVディレクター、鍵屋とその娘、雑貨屋の主人とその家族…など。

「みんな触れ合いたがってるんだ」

 確かこんな感じだったと思うのですが、そんな台詞から始まるこの映画。
 ロスアンジェルスという特殊な街で、人々は触れ合うことを忘れ、けれどどこかで繋がっていく。この映画の中では、そこに登場する彼らが係わり合い、触れ合い、「クラッシュ」するのは車が発端となっています。
 
 自動車を奪って売りさばくことで、日々の暮らしの糧を得る者、その自動車を奪われることで不安定になり、他者にヒステリックになる地方検事の妻、そんな妻を持て余す夫、自動車の中での悪戯がきっかけで、差別主義の警官に見つかり、屈辱的な扱いを受ける黒人のTVディレクター夫妻、そして自動車の事故がきっかけで、その差別主義の警官に助けられる妻。たまたま奪った自動車に、大量の密入国者が入っていて、彼らを解放してしまう自動車強盗、一方、ヒッチハイクをした自動車強盗の片割れと、彼を乗せた警官。
 それぞれの人種、さまざまな人々が混ざり合い、人々はそれぞれに不安を抱えて生きていく。
 群像劇の常として、そこにいるのは誰もが主役。絶対の善人もいなければ、絶対の悪人もいない。よかれと思ってしたことが、裏目に出てしまうこともある。或いはその逆であることも。
 「天使を見た」と泣くアラブ人の男性と、「おまえが悪いんだ。あの子を早く連れ戻してくれないから」と泣く、黒人警官の母親が印象的でした。どちらも悲嘆にくれながら、前者は希望を見出し、後者はその希望を絶たれてしまう。
 そして、最後に愛を確認するTVディレクター夫妻、子供を亡くさずに済んだ鍵屋の男、早とちりで人を殺してしまった若い警官。若い警官の、なんともいえない、絶望的な表情。誰もが、ちょっとしたきっかけで、自分の物語を喜劇にも悲劇にもしてしまう。


 さて。
 全体として、うまくできた映画だと思います。
 ただ、あまりに綺麗に収まりすぎているところが、私の気にいるところではなかったかな、と思います。群像劇の魅力は、そこに出てくる人々の感情のぶつかり合い、重なり合い、そしてそこから生まれてきたり、逆に何も生み出さない何かです。この映画は、非常によくできた脚本ではあるのですが、逆に言えば、あまりによく「できすぎている」。綺麗に整頓・合理化されすぎていて、次に何が来るのか、多少予想できてしまう。つまり、なんというか、人同士がクラッシュをしたとしても、人物の配置の仕方や設定などから、彼らの演じる役割が読めてしまい、クラッシュの結果が分かってしまうのですよね。
 どこにでもいるような、普通の人々が主役なので、しょうがないのかもしれません。また、この映画が人種問題を扱った社会派映画なので、単純にストーリーを楽しむ作品ではないということがあるのかもしれませんが…。
 前にも書いたと思うのですが、本当にいい映画です。いい映画なんだけどな。ただ、幸運にも人種差別を経験したことのない私には、想像はできても、いまひとつ感情移入できない映画ではありました。泣けるエピソードも結構あるんですが…。
 結局、私にとって、この映画のように綺麗に整理された映画は、それが何を描いているか、何を主題としているか、そのテーマに私自身が感情移入できるか、楽しめるか否かというところなのでしょうね。
 ま、そんな事は置いておいて。

 なんか上でケチをつけていますが、(ちょっと都合のいい展開があったりはしますが)脚本はやはりすごいのです。
 群像劇の魅力のひとつに、彼らの台詞があると思うのですが、この脚本も彼らの台詞一つ一つが素晴らしく、ずしっと重いです。こちらも名言集ができそう。
 そして、異なった人々、場面をうまく繋げた編集技術。ロスの二日間を追い、それぞれの人々がどこで何をしているのかを行く。どこかで泣いている人もいれば、どこかで笑っている人もいる。どこかで生きる人もいれば、どこかで殺される人もいる。そのギャップがなんだか残酷で、リアルでした。
 役者陣も奮闘しています。抑えた演技の中にも、彼らの内に見え隠れするどす黒い感情、そしてそれの突然の発露といった場面を、綺麗に演じていました。個人的には、マット・ディロンが気になりました。多分、彼が出ている作品を見るのはこれが初めてなのかな。

 人種差別、そしてアメリカの抱える問題について。
 ニュース等で「この映画はアメリカが抱える問題そのものだ」ってな言い方をしているのを聞いたのですが、そうなのでしょうか?アメリカだけに限定できる物語なのでしょうか?
 なんにしても、非常に興味深く、映画が持つテーマについて考えさせられる作品。
 前にも言いましたが(3月7日付けブログにて)、「ブロークバック・マウンテン」ではなく、この作品が作品賞を取ったのも頷けます。
 一度ご覧下さい。
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by azuki-m | 2006-04-09 23:20 | ■映画感想文index

「白バラの祈り」

f0033713_344916.jpg監督:マルク・ローテムント
脚本:フレート・ブライナースドーファー
出演:ユリア・イェンチ、アレクザンダー・ヘルト、ファビアン・ヒンリヒス


 ようやく行って参りました、「白バラの祈り」。
 これは第二次世界大戦中、反ナチスを掲げて活動した「白バラ」の紅一点、ゾフィー・ショルの、処刑までの5日間に焦点を絞った作品です。
 ヒトラー政権末期。声高に全面戦争を叫ぶナチスと、それに対し、自由を求め、暴力ではなく言葉で戦った白バラ。彼らはナチスを批判する文書を大量にばらまき、抵抗運動を行っていたが、ゾフィーとその兄は、大学にそのビラを撒いたところを見つかってしまう。
 ゲシュタポの審査官と対面するゾフィー。
「私には良心がある。その良心に従っただけです」
 


 多分、既にいろいろ言われているとは思うのですが、この映画、何が面白いかって、ゾフィーと彼女を取り調べる調査官モーアのやりとりが最高に面白い。手に汗握るとはまさにこのこと。
 最初は無実を主張していたゾフィー(この辺のやりとりも上手い!)ですが、モーアに証拠を掴まれると、一転して反撃に出ます。
 ビラを撒いたことを、「私は誇りに思っている」と。
 それから延々とゾフィーとモーアの舌戦が続くわけです。「私たちは暴力ではなく、言葉で戦う」


「秩序を取り戻すために、我々は戦争をしているのだ。秩序はナチスにしか作れない」
「ヒトラーがいなくなれば、戦争は終わります。そして、秩序も回復する。ナチスの秩序は恐怖政治でしかない」
「教育だ。君は誤った教育を受けている。私に娘がいたら、君のようにはしなかった」
「ガス室に送られる、精神疾患の子供たちを哀れと思うのは、誤った教育のせい?」
「どうせ価値のない命だ」
「彼らにだって可能性がある。どんなことがあろうと、裁くのは神です」
「神は死んだ」

 ちょっとうろ覚えですが。
 気になったのが、彼らの「秩序」への考え方。モーアのような年齢の人にとっては、第一次世界大戦のヴェルサイユ条約の苦い記憶があるのかもしれず、一方、若いゾフィーは民衆の可能性を信じている。
 そして、「法律と人間とを秤にかけ、それが合致しているどうかを見る、それが私の仕事だ」というモーアと、「私には良心があり、それに従う」というゾフィー。
 彼らには彼らなりの正義(モーアには法律と秩序。彼はナチスによる秩序が最も有効であると考える。そしてゾフィーには良心と自由)がある。双方の立場に立ってみれば、それは絶対に相容れない類のものであり、対立が解消されることはありませんが、少なくともモーアは彼女に敬意を表します。まだ若い女性でありながら、自分に立ち向かい、対等に言葉を交わす彼女は、彼にとって「きみは、こんな活動に関わる必要はなかった」ほど、惜しまれる存在だったのです。また、ゾフィーと同じ年頃の息子を持つ彼は、彼女に「協力すれば助けてやる」と譲歩を促しますが、彼女はやはりそれを撥ね退けてしまう。その後のモーアの、なんともいえない表情。
 彼女に背を向け、手を洗う(「この件から手を引く」ことの表れ)彼を見るにつけ、どうしようもないやるせなさと脱力感が伝わってくるようで、こちらも辛い。

 そして、ヒトラー政権の末期、全面戦争が叫ばれる中で、白バラの裁判は異常なスピードで進められてゆきます。
 しかし、ヒステリックに自分を裁いた、フライスラー裁判官に向かって、ゾフィーはこう警告するのです。
「いずれあなたがここに立つことになる」と。


 さて。
 全体として、室内の映像が多いので、息苦しいストーリーが更に圧迫されたような感じになっています。全体的に薄暗いし。ゾフィーの顔が、更に青白く見えます。ただ、その中での光の使い方が非常に印象的。窓から差し込まれる光は、ゾフィーの希望の象徴でもあるかもしれない。時折、室内から外に出るシーンがあるのですが、そこでゾフィーは決まって空を見上げ、太陽をまぶしげに見つめます。そのときだけ、薄暗い映像が明るく開放感のある映像になります。

 また、良心を信じる人間の強さ、死に対する恐怖とそれに立ち向かう強さを見事に演じた、ユリア・イェンチは本当にすごい。地味ながら、しっかりした演技をされる方ですね。今後も目が離せません。捜査官モーアを演じたアレクザンダー・ヘルトも素晴らしい。この二人がいなければ、はたして、この映画はここまでいいものに仕上がっていただろうか?
  
 
 そして、最後の、ゾフィーが兄たちに向かって笑うシーンはなんと言ったらいいか。

「太陽は輝き続ける」
 
 お恥ずかしながら、私は白バラや、ナチスについてあまり詳しいほうではありません。
 もう二度と、彼女たちのような犠牲者を出してはいけないはずなのですが。
 抑圧された世界の中に存在する、信念に従う人間、狂気に走る人間、追従する人間。
 今の私達なら、いったいどのタイプを選ぶのでしょう。




蛇足ですが。
前にも言ったことがあると思うのですが、私ドイツ語の響きがものすごく好きなのです。しかし、討論の言葉として聞くと、なんか迫力ありますよね。…うひゃー(汗)

そしてさらに蛇足。
…ゾフィーのお兄さんと、友人の顔立ち。彫りが深すぎて、独房の中とか、照明のあまりない暗いところでは、目が影になってて全く分かりません…。
ちょっと怖い(汗)


もうそろそろ、映画を見ないのも限界だったので、仕事もそこそこに映画館に行って参りました。
…いやー、改めて、映画っていいなぁ…。
本当に、いいもんだ。
そして、ブログも放置ぎみですみません(汗)。
とりあえず、「白バラ」を急遽アップ。文章が拙すぎます…。すみません…。
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by azuki-m | 2006-04-08 03:27 | ■映画感想文index

「ザ・ガーデン」

f0033713_2391814.jpg監督:デレク・ジャーマン
音楽:サイモン・フィッシャー・ターナー
出演:ティルダ・スウィントン、ロジャー・クック、スペンサー・レイ、マイケル・ゴフ

 私がデレク・ジャーマン(以下DJ)にはまる決定打になった作品。
 確か、エドワードⅡのすぐ後に見たような気がします。
 エイズ発症、闘病中の彼がダンジェネスの自宅に作った庭と、エデンの園について。(或いは、バビロンの空中庭園について?)
 この「ザ・ガーデン」というのは、たくさんの意味を含んだ言葉ですね。

 「デレク・ジャーマンの“庭”を撮りたかった。“最初の庭”つまり“エデンの園”という意味を込めて。例えば天国(ヘヴン)という言葉は、本当はパラダイスという意味であり、パラダイスはガーデンとも同じ意味なんだ」(デレク・ジャーマン)


 ダンジェネス、というのはドーバー海峡沿いにあり、原子力発電所がある場所。DJ流に言えば、映画で見るようなイギリスの風景(広大な自然、緑)とはかけ離れた地区。
 死ぬまでの10年間、彼はそこに居を構えていたそうです。
 これもなんだったか、彼の自著に、ダンジェネスの漁師のコテージが売りにだされているのを見て、ティルダ・スウィントンが、「ここにしなさいよ、デレク」と彼に勧めたとか、そういう話があります。(グッジョブ、ティルダ!!)

 非常に不思議な映画。というより、不思議な映像。
 DJの官僚と原発への反抗、ダンジェネスの荒涼とした風景と織り交ぜられられる彼の心象風景、彼の庭、聖書、そしてエデン。
 ありとあらゆるごちゃまぜの映像の中に、ときどき挟まれる彼流の聖書の物語がなかなか面白い。彼の対象の描き方というか、パロディは、いつもながら独特で興味深い。私が彼が好きなのは、このパロディ(或いは脚色)の仕方が好きだ、っていうのも一つの理由なんですが。
 追放されるアダムとイヴ、誘惑者の蛇(男)、パパラッチに追い回される聖母マリア、イエスに洗礼を施す(?)ヨハネ。
 この映像は、二人の青年(恋人たち)の映像へと切り替わります。(彼の設定では、イエスは洗礼者ヨハネに惚れていたことが前提になっているようなので、そういうのを踏まえながら見てみるとけっこう面白いです。そういや、「カラヴァッジオ」の中でも、ショーン・ビーン演じるヌラッチオはヨハネのモデルとなったりしてますね。つまり、この青年たち(恋人たち)は受難者として書かれていて、DJがキリストを描くにあたって派生した一つの形となっているのですが。)
 それから、同じく追い回される「クイア」なマグダラのマリア、首をつったユダ、ヘロデ王。恋人たちは警察(ローマ兵)に突き出された後、茨の冠(ブルーベリー)を被せられ鞭打ち、そして、十字架。彼らは手足を釘で打たれ、十字架にかけられて死んでいく。
 一方、復活したキリスト(恋人たちとは違う人物)は必要とされず、人々は彼を指差し、或いは通り過ぎる。虚しいシーンです。槍に貫かれたわき腹を見せたとしても、彼らはなんの注意も払わない。そして、庭を手入れし続けるDJ。「私は庭を歩く」

 さて。
 最初にも述べましたが、ありとあらゆる映像の詰まった、面白い映画です。いろんな解釈ができる。DJ曰く、「私の作品の中でも、批評家たちのウケがいい映画」だそうです。また、ただぼーっと映像を見るだけでもいいし、聖書やら彼の著作の文章を思い出しながら見たりとか、なんかマニアックな楽しみ方ができる映画。

 それにしても、最後のシーンは本気で泣けました。
 泣けて泣けてしょうがなかったとですよ。
 恋人たちと、ティルダが一緒になって、お菓子を食べ、それを包んだ紙を燃やし、そして拍手をするという映像なのですが。これは彼なりの、「復活と再生」を指しているのですかね…。


 決して万人向けの映画ではなく、DJを好きでない人が見るなら退屈するだけであろう映画です。
 それでも、私は好きなんだな。


蛇足ですが。
モノクロの状態で出てくるティルダの映像があるんですが、なんか「パッション」に出てきたサタンと私の中ではイメージがかぶります。…にしても、最初見たときは「り、リング??」と思いました(汗)。

さらに蛇足。
ジョディ・グラバーの可愛らしいことよ…。その他の男の子たちも可愛い。DJは可愛い男の子を見つけてくるのがすごく上手いですね。
そして、ユダが首吊り状態になったまま、カードの宣伝してるのってどうよ(汗)。こ、こわいですー。
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by azuki-m | 2006-04-04 02:41 | ■映画感想文index

も、申し訳ない…。

ほったらかしにして申し訳ない。
異動は完了しましたが、正直とんでもないところに来てしまったと思う今日この頃。
いったいどこへ行くんだ、私は。


最近、映画を全く見れてないので、ちょっとした禁断症状が起っています…。
映画を見れないというのが、こんなにしんどいことだとは思わなかった。
なんでもいいから、映画が見たい…見たい…みたい…。
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by azuki-m | 2006-04-03 03:09 | ■その他日記


「私は、断固たる楽天主義者なのです」
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