インサイド



カテゴリ:■映画感想文index( 40 )


映画index

簡単ですが、映画indexなんかを。
興味のあるところをぽちっとどうぞ。



愛する者よ、列車に乗れ

青い棘

明日へのチケット

アメリカ、家族のいる風景

ある子供

ヴィトゲンシュタイン

エドワードⅡ

隠された記憶

カノン

カルネ

カポーティ

カラヴァッジオ

キャメロット・ガーデンの少女

クラッシュ

ザ・ガーデン

三月のライオン

司祭

ジャーヘッド

白バラの祈り

太陽

ダ・ヴィンチ・コード

ダウン・イン・ザ・バレー

父、帰る

パイレーツ・オブ・カリビアン/デッドマンズ・チェスト

バッド・エデュケーション

ピアニスト

ファザー、サン

プライドと偏見

ブロークバック・マウンテン

ブロークン・フラワーズ

ベッカムに恋して

ぼくを葬る

バベル

マリー・アントワネット

焼け石に水

ユナイテッド93

46億年の恋

ラスト・デイズ

ロード・オブ・ウォー
[PR]
by azuki-m | 2008-09-07 10:37 | ■映画感想文index

「バベル」

f0033713_0303367.jpg監督:アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ
出演:ブラッド・ピット 、ケイト・ブランシェット 、ガエル・ガルシア・ベルナル 、役所広司 、菊地凛子 、二階堂智
 
『人は神に近づこうとし、神の怒りに触れ、共通の言葉を失った。』

 「バベル」とは、聖書に出てくる有名なお話ですね。
 人間の傲慢さの象徴とも言える挿話です。
 イニャリトゥ監督は、この「バベル」とは「コミュニケーションの喪失と、それがもたらす悲劇」として捉えているようですが。

 さて、この映画、日本人が助演女優アカデミー賞にノミネートされたことで、随分話題になりました。まぁ、多分とらないだろうなぁとは思っていましたが、賞のおかげで映画がかなり宣伝されましたねー。
 でも、別にアカデミー賞助演女優にノミネートされたからではなく、彼女の存在は印象的でした。
 声すら失った人間の、葛藤と悲しみ。
 話せないチエコは、だから自分の体でぶつかっていくしかないんですよね。
 だけど周囲はそんな彼女を受け止めることはできない。
「化け物を見せてやる」
 っていったのは、普通のコミュニケーションをとる人間の中で、最も原始的な行動をとる人間がいきなり現れたら、そりゃ化け物(異端)でしかないわけで。
 そういや、「人と会話をしなければ、それは人間ではない」って言ってたのはソクーロフでしたね。人と会話をしない(コミュニケーションを取れない)人間は、「人間」ではない、というか、そこまで極論ではないけれど、異質であることに変わりはないんですよね。男の人をいくら誘っても、彼らは彼女が求めるものを与えてくれようとはしない。
 だから最後、若い刑事と父親が彼女を受け止めたのは、この映画における大きな希望ですよね。このラストのおかげで、バベルの塔の崩壊後、共通の言葉を失った人間が、それでもみんなで生きてきた、その理由を見た気がします。
 でもどうでもいいですが、クラブのシーン…。出てきた瞬間、「これか!」と思いました。ニュースとかで、「一部の観客が気分が悪くなったシーンというのは!!」…確かにちょっと眩暈がしました。直視できませんでした…。光によって一場面一場面を切り離し、スローモーションをかけてるんですが、…点灯が長い(汗)

 そして、ブラピはちょっと意外でした。
 こんなオジサン役もするんだ…。
 彼のストーリーも、結構印象的。
 妻が突然撃たれ、テロを不安がるアメリカ人観光客たちの、ヒステリックな苛立ち。「いかにもアメリカ人らしい」身勝手さで、撃たれた夫婦を放って、バスで先に進もうとする。9.11(あの世界貿易センターのビルこそが、「バベルの塔」を象徴しているのですかね)の事件以来、彼らはテロに対して過敏になっています。
 そして結局、彼らは夫婦を村に置いて先に進んでしまう。残された夫婦は、皮肉にもそのおかげで互いの共通の言葉を取り戻すけれど、このときケイトが夫に「トイレに行きたい」って言ったのにはちょっと笑えるような、嬉しいような。
 人間、「生きてる」って実感するのは、ご飯食べたりとか、トイレ行っているときなのかも。一番本能的な行動ですもんね。

 しかし、ここに登場してくる人物は、ホント、どの人もどの人もワケありですね。
 互いの時間が少しずつ絡み合い、自分の行動が少しずつ他者に影響を及ぼしていく。絡み合う物語と、その結末。…限られた時間の中で、その登場人物を的確に表現してくれた、役者さんたちはグッジョブでした。
 しかし、菊池さん。やっぱり、ちょっと、女子高生をやるのはしんどかったですね(汗)。肌の具合とかが、やっぱり20代なんですよね…。でも、よく頑張ってました。

 全体的に、ものすごく感動するとか、感情移入するとか、そういう映画ではないのですが、見た後、じっくり考え込みたい映画ではあります。なので、「バベル」って、いい題名ですよね。この題名の意味だけでも、考えこんでしまう。




ちょっとした蛇足。
ファニング妹だ…。なんか似てるなー、似てるなー、と思って見ていたのですが、本当に妹だったとは。
しかし、この妹、なんだか怖そうに見えたのは私だけでしょうか…。

更に蛇足。
私的にものすごく嬉しかったのは、小木茂光さんが歯科医役で出ていることでした…。あの声大好き。
[PR]
by azuki-m | 2007-05-18 00:30 | ■映画感想文index

「明日へのチケット」

f0033713_22353822.jpg
監督:エルマンノ・オルミ 、アッバス・キアロスタミ 、ケン・ローチ
出演:カルロ・デッレ・ピアーネ 、ヴァレリア・ブルーニ・テデスキ 、シルヴァーナ・ドゥ・サンティス 、フィリッポ・トロジャーノ 、マーティン・コムストン 、ウィリアム・ルアン

3人の監督からなる、3つのドラマ。
1番目のドラマが上品で、ちょっとびっくり。同じ場面を別の視点から撮っているのは、これがもう一つの物語りの始まり(移民の家族のストーリー)を意味しているからなのでしょうか。
ヴァレリア・ブルーニ=テデスキとカルロ・デッレ・ピアーネとのやり取りがものすごく色っぽくてドキドキします。時折挟まれる老人の過去の話、そしてピアノの音。3本の中で、全ての乗客が一番謎めいて見えました。電車の中、相手が誰だか分からないことから来る、独特の緊張感。
目の前に座った軍人という現実、そして食堂車の隔てられたドアの外で座り込む移民という現実を目にして、老いた男は夢ではなく行動することを知る。

2番目のオバサン(苦笑)がすごい迫力。…だけどいますよね、こういうオバサン…。
この章は、女性がたくさん出てくるせいか、その使い方も上手。年老いた女と、若い女、少女。年老いた女は、自分の若い従僕が若い女達に視線を送ると、それをすぐに邪魔しにかかる。それはあからさまな嫉妬で、年老いた女は青年に歪な好意を抱いているんですよね。青年への過剰な要求も、それの裏返しかもしれないですけど。
…これが自分の死んだ夫のための旅なんだから、なんとなく苦笑してしまう。
そして、いざ青年に見捨てられると、女はなりふり構わず彼を探しにいく。彼女が頼れるのは、結局彼しかいない。だけど青年は若く、昔のカノジョの近況なんかを聞いた後では、年老いた女に構っている時間はないのだ。
印象に残ったのは、赤い服の女性がゆっくり歩いてくるシーン。ここが一番、若い女と年老いた女の比較を感じたなぁ…。

そして3番目。…私にとっては、この章が一番身近でした…。
うわぁ、セルティックサポーターだ。
『ベッカム』に声をかけるのは当然の反応です。その他、一生懸命貯めたお金を革靴に使ったり、足が臭かったり、サンドイッチを移民の家族にあげちゃったり、なんだかとっても場当たり的。念願のCLを見れるもんだから、ものすごくハイテンション。あげくにチケットをなくしちゃうし。…サッカーファンってこんなもんですよ…。あぁぁ、本当によく分かる。
それでも、そんな場当たり的な若者達でも、いざアルバニア系移民家族の悲劇を目の前にして、動けなくなる。単純にサッカーを見たいがために、電車に乗っていたはずだったのに。移民の子供がチケットを盗んだのだとカッカしていた若者達も、「家族が離れ離れになる」と泣き続ける女性の前では、項垂れるしかない(とはいっても、盗みは盗みですが)。単純なだけで、悪意はない若者3人。結局、彼らは移民の家族に一枚のチケットを譲る事を選択する。

全編電車の中なのですが、画面の揺れがないので安心して見れました(苦笑)。
また、電車の中に詰め込まれた人々の目線が印象的。主人公を咎めるような目で周囲が固まることもあれば、主人公の視線を見守る目線。彼らの一挙一動に注目している目線の数々が痛かったり、笑えたり。乗客達もまさに多種多様。
扱っている題材は割りと重いはずなのですが、スコットランド人達のおかげで重くならずに済みました。最後のロマニスタとのやり取りは見てて微笑ましかった…。サッカー好きな人って、あんなもんですね。

それにしても、3人の監督が登場人物達をリンクさせてくれて、一つの映画としてくれているのにはちょっとした感動。贅沢なディナーを食べてるみたいだ。3人の監督がそれぞれ、映画自体の醸し出す雰囲気が違っていて、その比較が面白かったり。
いいですね、こういうの。
[PR]
by azuki-m | 2007-02-06 22:36 | ■映画感想文index

「マリー・アントワネット」

f0033713_21595053.jpg監督:ソフィア・コッポラ
脚本:ソフィア・コッポラ
出演:キルステン・ダンスト 、ジェイソン・シュワルツマン 、リップ・トーン 、ジュディ・デイヴィス 、アーシア・アルジェント 、マリアンヌ・フェイスフル 、

 いっそ映画ヒトコト感想文の方に置いてやろうかと思いましたが、せっかく久しぶりにアップする感想文なので。
 …えぇっと、さて。
 女性誌の注目度が、映画広報担当者もびっくりするというだけのことはある。
 なんというか、女性が好きなもの全部が入っているのですよね。
 ドレスにヘアースタイル、宝石に靴、お菓子にシャンパン。究極のセレブリティという、今女性が注目するものにものすごい焦点をあてています。
 なんだかそのあたり、女性の監督ならではというか、ソフィア・コッポラが好きに撮っているんだろうな、という感を受けます。(尤も、ヴェルサイユ宮殿を舞台にした映画は、美術さんの腕の見せ所というか、皆さん競って好きなように描いてますけど)
 確かに、ここに描かれている「マリー・アントワネット」像は今までの「マリー・アントワネット」像とは異なる、10代の、ただの女の子です。ちょっと可愛くて、お調子者で、誰からも好かれる健康的な女の子が、不幸にも(そしてその国の国民にも大変不幸なことに)王妃という立場についてしまいましたという。
 映画では、フランス国内の詳しい話はルイと大臣達の話でそれと分かるだけです。映画の主題はあくまで、宮殿の中に閉じ込められたマリーを中心に、話が進んでいきます。当然、ある程度の知識がある観客には、その籠の外で何が分かっているかを知っているから、ちょっと苦笑しながら見てしまうわけなのですが。10代の、何も知らない王妃。青春真っ盛り、反抗期真っ盛り。
 しかし、映画の中では、彼女を何も知らない、というか現実逃避しがちな王妃にしてしまったのは、夫にも原因があるように見せています。いくら迫っても、夫は自分に手を出さない。それなのに、故郷や周囲の貴族からは、早く世継ぎをとせっつかれる。ある日とうとうキレてしまった彼女は、浪費の日々に走ります。お菓子にドレスに宝石に靴、あげくはギャンブルに仮面舞踏会です。
 …でもわかるなぁ、その気持ち。女はストレス発散のために、買い物に走るのだ。でもそれを一国の王妃がやってしまうから、浪費の規模が違うんですよね。
けれど、民衆が詰め掛けてきた朝の食事の暗さと、それ以前の浪費の日々のギャップが物悲しい。

 映画は「マリー・アントワネット」なので、ヴェルサイユに来てからの彼女の生涯が中心です。…が、なんというか、かなり早足なので…。
 ですが、映像的には小物を見るのが楽しかったです。(それこそお菓子にドレスに靴に宝石。かなり現代的な、というかポップなデザインですが)
 お菓子の映像とかは非常に楽しかった。流石フランス!というか、宮廷時代のお菓子は、やはりあんな風にゴテゴテと飾り立てられるものなんですね…。あれだけ食べて、よく太らないな、あの王妃。(寝る前にモノを食べるなんて、超NGじゃないですか)
 しかし変な話、小物ばかりを映して、全体像が見えない感も受けますが。というより、本物のヴェルサイユを貸しきって撮影したせいか、逆に室内映像では宮殿の持つ豪華さ(或いは奥行き)が画面から今ひとつ伝わりにくい感じがする。よく見れば、それなりに豪華な調度品とかはあるんですけど、あんまり印象に残らなかったなぁ…。まぁ、コッポラ監督が意図していたのはポップな映像であって、重苦しい映像ではなかったのでしょうけど。室外に移ったときは流石ヴェルサイユ、空間の広大さはすごいと思うのですが。(でもやっぱり、映像は深夜と早朝が半分近く占めましたね。どうでもいいですが、ヴェルサイユの建物貸付料ってどれくらいなんでしょう…)
 …なんていうか。
 小物は小物であって、それをあまりに全面に出すぎてしまうと、映画全体が見えにくくなってしまいますね…。
 …正直、見終わった後、「映画」というより、「物語」としてどう見たらいいのか、困るところではありました。まぁ、マリー・アントワネットの生誕だったかなんだったか、そんなイベントに合わせて作られたんでしたっけ…?その辺はよく覚えていませんが、彼女を「一人の少女」として捉える事に成功した映画であることは間違いありませんね。それなりに楽しめる映画ではありました。ポップなデザインや音楽が好きな方にオススメ。ハジケすぎているわけでもなく、適度なポップさ、キュートさ(ドレスや画面の色彩に、薄くて淡い色が案外多い)。…ま、どうせならもっとハジケてみても面白かったかな、と思わなくもないのですが(汗)。これは後に公開される「さくらん」の画像と比べてしまうせいかしら。


蛇足ですが。
 この映画を知ったきっかけは、ソフィア・コッポラはルイ15世を、アラン・ドロンにお願いしようとしていたらしい、というゴシップを知ったからでした(汗)
 アラン・ドロンて。
 結局、彼女はドロンの新作舞台の宣伝に利用され(流石ドロンだ)、怒り狂ったそうですが。
 …やっぱり、アラン・ドロン。そしてそんな彼に目をつけたソフィア・コッポラもコッポラだ。すごい。

さらに蛇足。
 アーシア・アルジェントが怖かったです…。いや、こんなところで貴女を見るとは思いませんでした。
[PR]
by azuki-m | 2007-01-29 22:00 | ■映画感想文index

「46億年の恋」

f0033713_23533683.jpg監督:三池崇史
出演:松田龍平 、安藤政信 、窪塚俊介 、渋川清彦 、金森穣 、遠藤憲一


 面白い作品です。
 …ですが、全体的に少しパンチ不足というか(汗)。
 パンチを期待する私が間違っているのかもしれませんが。

乱暴に要約したストーリー:
『ある日、収容所の一室で一人の囚人が一人の囚人を殺した。
「僕がやりました」。
被害者の名は香月。加害者の名は有吉。二人は殺人を犯し、同じ日に同じ収容所に入れられた。有吉は全面的に自分の罪を認め、他の囚人達も「香月を殺せるのは、有吉ぐらいだ」と証言を続ける。
だが、彼は本当に香月を殺したのか?だとすれば、何故彼は香月を殺さなければならなかったのか?
捜査は進み、事件は意外な展開へ…』
という、ミステリー仕立てなお話。


 構造としては、特に斬新な手法を取り入れているわけではないんですが、やはりこうした撮り方・背景の設定は面白くて私は好きです。「マンダレイ」や「ドッグウィル」を見てはいないので、なんともいえませんが(ラース・フォントリアーは苦手ですー:泣)。舞台的な簡単な背景と、時折挟み込まれる粗いCG、アニメーション。そんな幻想的な世界である「監獄」の映像と、彼らの外の世界である現実の世界。なんだかこのごちゃ混ぜ感がホラー映画っぽくて面白い…。(ホラー映画って、一種のファンタジーでもあるせいか、映像的に面白いものが多いですよねー)
そんな幻想的で孤独な「少年院」は、舞台的な簡素な背景と照明が、二人の孤独(或いは所長の孤独か)を浮かび上がらせ、引き立ててます。
 でもあの「蝶」はあんまり好きではないかも(汗)。だって、あんまりに「らしすぎる」。耽美、少年のあやうさ、夢と現実の境目。「蝶」はある意味使い尽くされたモチーフでもあるので、それに敢えて挑戦するのって結構難しいと思うのは私だけでしょうか。

 というか、衣装がいいなぁ。引き裂かれたような、汚れた服なのですが、退廃さと色気があっていい。そこからのぞく体の線が最高です。この映画の中では、肉体そのものがその人を表してるんですね。時折香月の体に浮かぶ刺青は、彼が「男」であることを示しています。

 有吉の香月に対する執着、憧憬はよく分かるのですが(流石松田君…)、反対方向の香月から有吉への想いがちょっと伝わりにくい…。(「僕じゃ駄目なのかなぁ」「それくらい、僕にやらせてよ」。…この辺の台詞、ホントいいですね…)
 なぜ、彼が選ぶのが有吉でなければならなかったか?
 二人の視線が交錯する辺り、周囲から何もかもが一切消えた場面、その時流れた微妙な雰囲気が全てを語っているとは思うのですが、あまりに微妙すぎて…。

 幸村の退廃的でどことなくいやらしい演技もよかったです。独特の腐敗感。というより、この作品は囚人・所長・警察たち、登場人物たちが本当にいいですね。特に所長のあの奇妙な笑顔が怖い…。あれこそホラーだ(汗)。ものすごく優しい、ねっとりとした喋り方。不自然に語尾が上がるのも怖い…。

 冒頭部の男性のダンスもセクシーですね。この冒頭で、この映画に入れるか入れないか試されてる感じがしましたよ(汗)。
 香月の刺青と体もセクシーだ。その辺、安藤さんグッジョブです。

 安藤政信&松田龍平となれば、こうなるのか、といった映画。また、どの俳優も雰囲気があっていい。彼らを見るだけでも、この映画を見る価値はあると思います。
[PR]
by azuki-m | 2006-12-18 23:55 | ■映画感想文index

「カポーティ」

f0033713_121557.jpg監督:ベネット・ミラー
出演:フィリップ・シーモア・ホフマン 、キャサリン・キーナー 、クリフトン・コリンズ・Jr 、クリス・クーパー


 久しぶりに、エンドロールが終わるまで、観客が誰も立たなかった映画を見ました。
 完全にカポーティに引きずられてしまって、見てる間ものすごくしんどかった。
 ノンフィクションノベル「冷血」を書いた、トルーマン・カポーティの「冷血」執筆時を描いた映画。
「ティファニーで朝食を」を執筆し、社交界の頂点にいたカポーティ。得意の話術で人々の心に食い込み、常に人々の中心にいた彼は、ある日新聞でカンザス州で起った裕福な一家殺害事件を目にする。その残虐さに引かれて、カポーティはその事件を小説に書こうとするが。


 彼は小説を書くために、計算づくで犯人達に近づくのだけれど、そのうちの一人、ペリーが自分と同じものを持っていることに気付き、その気持ちは徐々に揺らいでいきます。彼は、カポーティにとって、ある意味双子の兄弟のようなもの。けれどカポーティは彼らを利用しようとしている。相手を自分と同じ人間として考えれば、その時点で客観は失われ、彼が目指すノンフィクションノベルは書けなくなりますし、彼と自分が「同じ人間である」という事を、認めたくない部分もあったのかもしれない。
 しかしそうしながらもペリーに感情移入してゆくカポーティですが、ペリーもまた彼を利用しようとしているのだと知り、ショックを受けるのです。彼がこうしてカポーティに話をするのは、その話を通じて(ペリーはカポーティが小説を既に発表していると思っていた)世間の同情を集めるためであり、再審を求めるためでもある。しかし、彼は確かにカポーティを友人と認め、話をすることを望んでいる。二人が二人とも、相反する感情を持っているのです。ただ、ペリーのほうはそのことに対し苦悩はない。
 こちらが利用しているのか、それとも利用されているのか。
 揺れる気持ちのまま、カポーティは彼らと対話を進めていきます。彼は「小説の名前は?」と尋ねるペリーに向かって、「まだ決めていない」と嘘をついたり、その名前を知ったペリーに向かって「あれは朗読会の主催者が勝手に決めたんだ」と質問をかわすカポーティ。しかしその馬鹿し合いの中で、勝利したのはカポーティでした。彼はペリーから事件の夜の話を聞き、小説はあと少しで完全なものになる。
 けれど死を前にした人間の重さに、そして彼らが死ななければ小説は完成しないことに、カポーティはやがて耐えられなくなっていき、アルコールに溺れていきます。対象を見つめ、その事実を描くことは非常に残酷で、体力のいる仕事です。
 死刑執行を前に、ペリーから電報を受け取ったカポーティは、彼らの元を尋ねます。
「すまない。努力はしたんだが」
「いいさ」
 自らが題材にした小説の主人公達の死を、彼は見届ける。けれど「彼らのために、弁護士を探せなかった」と嘆くカポーティに向かって、恋人は言い放ちます。「自分のためだろ?」と。



 さて。
 カポーティの作品は、お恥ずかしながら「冷血」ぐらいしか読んだことがないのですが、それを置いても、事実を見つめ続け、それを書くことを選択した人間の野心と、その結末を見ることができて、とても面白い作品でした。
 ただ、この話をより深く理解したいと思うのであれば、やはりカポーティの「冷血」を読んだ後のほうがいいかも。初めてノンフィクションというジャンルを切り開いた作品であると同時に、彼のこの事件への執念ともいえるほどの取材と調査、犯人達も含めた、登場人物達への冷静な眼差しには拍手拍手です。何故、彼は「冷血」を書かなければならなかったのか。映画「カポーティ」は、その辺の心情も推し量ることができて、非常に興味深い仕上がりになっていると思います。
登場人物の感情に引きずり込まれるような映画は久々です。
 それだけフィリップ・シーモア・ホフマンが上手いということなのかもしれないけど。
 さすがアカデミー男優賞受賞、ホフマンの演技はさすがです。
 カポーティの天才ゆえの残酷さ、傲慢さ、そして繊細な感情表現。この映画は彼の演技がキモですし、ホフマンがいなければこの映画はこんなに素晴らしいものになっていなかったかも。
 本のタイトル「冷血」とは、犯人たちの事を指していたのか、それともそんな犯人達を被写体としたカポーティのことだったのか。
[PR]
by azuki-m | 2006-10-21 01:25 | ■映画感想文index

「太陽」

f0033713_059505.jpg監督:アレクサンドル・ソクーロフ
脚本:ユーリー・アラボフ
音楽:アンドレイ・シグレ
出演:イッセー尾形 、ロバート・ドーソン 、佐野史郎 、桃井かおり 、つじしんめい


 私が敬愛する、アレクサンドル・ソクーロフの作品。
 「天皇」を描いた映画なので、かなり物議を醸しはしたものの、それが逆にいい宣伝効果になったみたいですね。
 彼の作品は正直3作くらいしか見ていないのですが、非常に彼らしい、繊細な作品だと思います。ただ、珍しくコミカルな部分があって、ちょっと驚きました。それもなんというか、「日本映画らしい」コミカルなんですよね。「あっ、そう」のやり取りが面白くもあるけれど、夫の口癖が妻にも伝染しているというか、それだけ二人の親密さが出ていていい感じです。
 しかし、全編を通して続けられる「あっ、そう」に込められた何気なさがどこか悲痛で残酷。神の子孫とされ、国の父でもあった天皇は、全てを受け入れるために、「あっ、そう」を言い続けなければならない存在だったのかもしれませんが。
 映画を通して描かれる、神とされた人間の悲劇。そして、戦争を行った人間の苦悩を、ソクーロフは見事に描いています。
 
「彼は、あらゆる屈辱を引き受け、荒々しい治療薬を全て飲み込むことを選んだのだ」(ソクーロフ)
 「真正面から太陽を直視するもう一つの方法。目が眩むか魅了されるか?」(フィガロ紙)


 昭和天皇は生物学に親しんでいた人ですし、自分が神ではないということをよく知っています。「私の体はあなたたちと変わらない」。しかし、側近たちはあなたは神だと言い続ける。そんな側近を見て、口癖の「あっ、そう」を言い、「冗談だよ」と笑う天皇。どうでもいいですが、昭和天皇がダーウィンの事を言ったり、ローマ法王の事を口にするのが不思議な感じ。現人神と崇められる天皇と西洋の神、そしてその西洋の神から否定されるダーウィン。西洋の神はダーウィンを否定しますが、神の子孫たる天皇は進化の法則から外れてるんですかね。

 そして、マッカーサーとの、まるで噛み合わない会話が場にそぐわなくて滑稽です。彼らは互いを理解できず、しかし天皇にとっては自分を「神」と見なさない者との対話です。ソクーロフはマッカーサーとの対話に関し、「人と会話をしなければ、それは人ではない」と言っています。現人神として、人と自由に話すこともままならなかった天皇がする会話があれだとは、非常に皮肉です。
 もともと、文化圏の違う(或いは住む世界が違う)アメリカ人は、天皇の楽園に土足で踏み入り、鶴を追いかける。彼らにとって、天皇とはチャップリン、或いはあの場にいた美しい鳥=鶴のようなもの。そしてマッカーサーにとっては、天皇は「神」ではなく、天皇は国の代表者であり、戦争を生み出した張本人なのです。それでも、マッカーサーは天皇を「子供のようだ」と評する。
どうであれ、彼はただの一人の人間です。生物学に興味を持ち、ハリウッドスターの写真を集め、家族を想ってアルバムを見つめる。彼が心配するのは国民と家族の未来なのです。
 そして、彼は「平安、発展と平和の名において」神格を返上する。「この運命を、私は拒絶する」
 天皇は皇后に向かっていいます。「もう、私達は自由だ」
 けれど、「私の人間宣言を録音した若者はどうした?」と問う天皇に、侍従は言います。「自決致しました」「だが、止めたのだろうね?」「いいえ」 

 イッセー尾形はもちろんですが、どちらかといえば静かな表情が多い中、桃井かおり演じる皇后がこのときに見せた表情が印象的。
 ソクーロフは撮影時、「じっと見つめて!二人を見つめて!全世界の女性の、母親の名において!戦争を、人殺しをなす世界の男たちに怒りを!」「死の世界から夫を連れ出して!子どもたちの許へ、生の世界へ!」と叫んだそうですが、本当に、このときの桃井かおりの演技はすごいと思いました。二人を見つめる、激しい怒り。侍従へと向ける、拭いきれない不審。そして彼女は強引に夫の手をとり、舞台から姿を消すのです。下で待つ、子どもたちの許へ、夫を連れていくために。



 さて。
 ソクーロフ作品に相応しく、好き嫌いがかなり別れる映画。号泣する人もいれば、爆睡する人もあり…(笑)「わけが分からなかった」という人もいましたしね。

 彼独特の映像美はぐっと渋い感じに仕上がっていますが、作風はやはりファンタジック。戦争末期の日本は日本なんだけど、「ここではないどこか」的な日本(でもそれは私が戦争を知らないせいかも。ですが彼の撮る廃墟も防空壕も、寂しい美しさがある。また、後で知ったことですが、この映画は鏡に映った映像をカメラで撮っているそうです。全ての映像がそうなのかは分かりませんが、時折感じる違和感はそれもあるのかも)。「ラストサムライ」のように、西洋人が誇張する「日本らしさ」はほとんどありません。ソクーロフは過去にも日本を題材にした映画を撮ってきましたし、かなり日本通みたいですね。嬉しいことです。
 あと、どうでもいいですが、同じ場面のはずなのに、照明のせいかなんなのか、突然画面の色が変わるんですが…。あれはいったいなんだったのかしら?

 また、音楽も相変わらず(笑)。今回は世界的なチェリスト、ムスチスラフ・ロストロポーヴィチがバッハの「無伴奏チェロ組曲第5番」を提供しているのですが、独特の不協和音やその辺から拾ってきたみたいな音が組み込まれ、苦笑してしまいました。今回のキーポイントはラジオみたい。ラジオをあわせるときの、あの独特の高い音が場にあっていて、天皇の回想と不安を表現してくれます。

 この映画を見るためには太平洋戦争末期の歴史を読んでからのほうがいいかな、と思って映画を見たのですが、そんな必要は全然なし。昭和天皇を描いた作品ではありますが、史実の奴隷となって天皇を描いたわけではないし、ソクーロフ風に言うなら「理想とする」天皇でしょう。ソクーロフはやはり、どこかファンタジックな映画を撮る人ですから。
 なので私の印象としては、これは国と国民を背負う人間の悲劇、国家の父である人間の悲劇、そして自身が「神」ではないことを分かっているのに、それでも「神」にさせられた人間の悲劇。
 人間が人間である、ということは、簡単なようでいて、実は非常に難しいものなのかもしれません。(戦争という行為が、その最たるものでしょう)。そして、そうでいながら「自分は人間である」ということを宣言しなればならなかったナンセンスさ。闇に包まれた人間の前に、それでも太陽は現れるか。
[PR]
by azuki-m | 2006-10-15 01:04 | ■映画感想文index

ユナイテッド93

f0033713_112172.jpg監督:ポール・グリーングラス
出演:ハリド・アブダラ 、ポリー・アダムス 、オパル・アラディン 、ルイス・アルサマリ 、デヴィッド・アラン・ブッシェ

 9月11日。あの日、四機の飛行機がハイジャックされ、そのうち、一機だけが目的地に到着する前に墜落しました。その飛行機が、ユナイテッド93です。
 当初から、多分、乗客が抵抗した為に目的地に着く前に墜落したんだろうと言われていましたが、時間が経つにつれて彼らの状況がさらに明らかになって、作られた映画。

 その時、あなたは何をしていましたか?

 アメリカ同時多発テロ。
 その時、私はまだ学生でした。事件が起ったのは夜中だったのですが、それにも関わらず、周囲が騒がしいのでテレビをつけてみると、衝撃の映像が飛び込んできました。
 二つの塔に突っ込む、二つの飛行機。

 映像を見ながら、あまりにもショックで呆然としたのを覚えています。泣いてたかもしれません。
 なんだか変な気分でした。世界に残酷な映像は溢れているのに、何故あの映像にそこまでショックを受けたのか。もしかすると、認識はしていながら、実際には何も分かっていなかった「紛争」「戦争」といったものを、初めて身近なものとして捉えた瞬間だったのかもしれません。

 さて、肝心の映画についてですが。
 内容は、あの同時多発テロの現場にいた人々を追った一種のドキュメンタリー映画に仕上がっています。
 飛行機の中の映像なので、画面はぐらぐらと揺らぎ、乗り物なんかに弱い人は酔いそうな映像です。あまりのリアルさ、緊迫感に、見た後、少し頭がぐらぐらしました。
 しかも、キャストのいくつかは、ご本人がされているようで。
 よくご本人も出る気になったなと思うのですが、そのせいか、現場の雰囲気がものすごく濃密に伝わってきます。秒刻みで変わっていく状況は、悪くなるばかり。貿易センターに飛行機が突っ込む前から、異常は分かっていたのに、それをどうすることもできなかった人々。
 政治や行政に携わる人々は、「そうすべきだ」と分かっていることでも、行動に踏み切れないことがある。今回の場合は、撃墜命令が降りたのに、結局は飛行機を撃たなかった軍部がそうかもしれません(ただ、これは実際に撃っていたらどうなっていたのか…。いいとも、悪いとも、どちらともいえません)。様々な人々が様々な場所に判断を仰ぎ、決裁を待ち、そしてその間にも飛行機は墜落してゆく。
 周囲が必死で足掻く中、ユナイテッド93の乗客、乗員達は、自分達で何とかしようと立ち上がります。「彼らは9.11後の世界を最初の経験した人々だった」とは、監督の台詞。
 (まぁ、この台詞にはちょっと違和感もありますが…。その言い方をすると、多分、最初に世界貿易センターに突っ込んだアメリカン航空11が、最初の9.11を経験した人々だったと思うのですが)

 ただ、この映画自体は、『あの場所であったこと』を描き出し、テロを起こした人間に、怒りをぶつけているわけでもなく、冷静に、場面は進んでいきます。「あの最悪な事態を、なんとか回避できなかったのか?」。
 そんな現場の状況は、本当に緊迫感があって、途中からは展開の速さに字幕を読むことを忘れていました。何箇所もの場所を何度も何度も行き来する、ドキュメンタリーちっくな映像の編集力はすごいと思います。
 ラストがどうなるのかは、観客全員が知っているのですが、見ている最中でさえ、「助かってほしい」と思ってしまう。しかしそんな願いは当然ながらかなえられず、飛行機は無常に墜落していく。現場の人々の無力感と同時に、観客の方にもちょっとした脱力感が漂います。
 「なんとかならなかったのか」。これはユナイテッド93だけでなく、9.11と、その後の世界に対する感想でもあります。


 パンフレットには、ユナイテッド93に乗っていた、犠牲者達の紹介があります。一人一人を本当に丁寧に扱われていますよね。
 犠牲者には日本人もいました。
 世界貿易センターで亡くなった日本人もそうですが、私達日本人もテロの当事者であったことを改めて痛感させられます。

 最近、あの9・11の事件が徐々に映画になっていきます。
 それらを見るのも、ある意味不謹慎なのかもしれませんが、非常に楽しみです。あの事件を映画にし、そしてそれを見るだけの余裕が、私達にも出てきたのかもしれません。
 



本当に久しぶりの映画の感想文です。久しぶりすぎて、感想の書き方がよく分からない(汗)
これからも、時間を見つけてちょこちょこアップしてゆきます。
[PR]
by azuki-m | 2006-09-03 01:21 | ■映画感想文index

「パイレーツ・オブ・カリビアン/デッドマンズ・チェスト」

f0033713_225379.jpg















監督:ゴア・ヴァービンスキー
脚本:テッド・エリオット 、テリー・ロッシオ
音楽:ハンス・ジマー
出演:ジョニー・デップ 、オーランド・ブルーム 、キーラ・ナイトレイ 、ビル・ナイ 、ステラン・スカルスガルド

 久しぶりのディズニー映画です。
 いやー、しかし、ジョニー・デップ、オーランド・ブルーム、キーラ・ナイトレイだなんて、前回もそうでしたけど、豪華ですよねー。
 同名の映画の二作目。
 映画としての作りとか薀蓄は置いておいて、純粋に楽しめる映画。脚本の作り方が相変わらず上手いです。
 前作に引き続き、御馴染みの登場人物がたくさん出演してくれるので、すごく楽しい。


 詳しいストーリーについては省きますが、物語はジャック・スパロウの過去、つまり彼が13年前、ブラック・パール号を手に入れるために怪物と交わした契約が期限を迎え(…しかし、13年っていうのも中途半端ですね…)、彼は自分の魂を怪物から要求されるのです。
 しかしそれだけではなく、東インド会社の重役が彼の“欲しいものを探し出すコンパス”を手に入れるため、前回の最後でジャックを逃がしたエリザベスとウィルに、処刑の代わりにジャック・スパロウを探すように言い放つ。またまたジャックに振り回されるウィルが不憫…。そしてそんなウィルを追いかける、相変わらず行動派なエリザベス。結婚式をぶち壊された女は強いです。
 しかしそうまでして探し出したジャック・スパロウが、変な島の現地住民の首長になってるのには笑いました。しかも現地の言葉をマスターしてるし。チョコレート工場のウィリー・ウォンカさんの時といい、言語能力に優れた人なようです(笑)。

 脚本は前回ほど二転三転、というわけではないのですが、その辺は登場人物の多さと、スケール、そして続編を見越してのことでしょうか。面白くなるのはむしろ次回かな。

 この映画に関しては、本当に、純粋なエンターテインメントとして見てしまいます。私が気になるのはやはりウィルとエリザベスの行方(笑)。
 彼らがうまくいってくれるといいのですが、やっぱり絡んでくるジャック・スパロウ…。男二人に女一人だと、これは映画の古今東西しょうがない展開なのですが…。しかし、なんとなくウィルとエリザベスのコンビの方が個人的に応援してしまう。凸凹夫婦。これでエリザベスをジャックにとられるような事にでもなったら、あまりにもウィルが不憫ですよ。スター・ウォーズのルークになっちゃう(今回、「I’m your father!」じゃありませんが、「彼は俺の息子だ」がありましたしね:笑。しかも「運命を変える力がある」ってなんだ。ますますルークじゃないか)。SWはレイアが実は妹でしたという苦しい展開でごまかしましたが、今回、妹は無理すぎです。そして、エリザベスにだまされて(苦笑)、ピンチに陥るジャック・スパロウ。一人船に取り残された彼は海の魔物・クラーケン(巨大なイカ)に襲われて…!果たして彼は死んでしまったのか?
 …なんだかんだ言いつつも、ハン・ソロ、じゃない、ジャック・スパロウを助けにいくため、一つになった海賊の皆さん。そして最後に登場したのは…なんとあのバルボッサー!!
 …死んだはずじゃ?あれ??
 どんなカラクリがあるのかは分かりませんが、満を持してバルボッサ登場。この映画、最後は全て彼に持っていかれてしまいましたよ。
彼の登場で、パイレーツ・オブ・カリビアンのテーマソングとでもいうか(名前は分かりませんが)、戦闘シーンなんかによくかかる曲が最後の最後でようやく鳴ってくれて、「待ってました!」ってな感じでした。
 あの音楽がかかると、わくわくします。(全体的に、この映画は音楽がいいし、使い方も上手ですよね。)

 新しい登場人物としては、妖しげな怪物(クラーケン)や、魔女のお姉さんが出てきたり、胡散臭さ倍増。ウィルのお父さんにはちょっとびっくりです。この父にしてこの子ありか…(苦笑)。…た、頼りない…。

 にしても、オーランド・ブルーム、ちょっとかっこよくなったような気がしないでもない。キーラはますます美人になりましたし。
 
 パイレーツ・オブ・カリビアンの時代背景はよく分からないのですが、17世紀頃なのでしょうか。この時代、海賊には公認制度があったっけ…。海がどんどん開拓され、未知のものではなくなっていく時代。
 どの港も、活気がありますね。


 最近、大型娯楽映画で続編モノが続きますが、また見れるという楽しみがあってとても嬉しい。スパイダーマン3も早くみたいな…。MIⅢは気になる俳優が何人か出演しているので、見ようかどうか迷っています。


 どうでもいいですが、このディズニー映画が各方面に与えた影響って大きいですよね。
 ジョン・ガリアーノとかジャック・スパロウの格好に多大なるインスピレーションを受けたのか、海賊みたいなファッションを発表とかしてましたもんね。
 恐るべし、ディズニー。
 だめだ、また東京ディズニーランドに行きたくなってきた。
 見たばっかりですが、早く3が見たいです。
[PR]
by azuki-m | 2006-07-20 02:32 | ■映画感想文index

「父、帰る」

f0033713_0212227.jpg監督:アンドレイ・ズビャギンツェフ
脚本:ウラジーミル・モイセエンコ 、アレクサンドル・ノヴォトツキー
音楽:アンドレイ・デルガチョフ
出演:イワン・ドブロヌラヴォフ 、ウラジーミル・ガーリン 、コンスタンチン・ラヴロネンコ 、ナタリヤ・ヴドヴィナ

 こちらも「父と子」の物語。
 以前見たのですが、ソクーロフの作品に触発されて今更感想文なんかを。
 これもロシアの監督ですね。ロシアにおける「父と子」について少し考えさせられます。
 ヴェネチア映画祭にて、金獅子賞を受賞。
 混じりけがない、素のままの映像というか。非常に静かで、透明な映像。


 「なんで今更帰ってきたんだ」

 母親と、兄と、祖母。それで完結していたイワンの世界に、不意に父親が帰ってくる。
 突如帰ってきた父親に、家族は戸惑いを隠せない。
 兄アンドレイは父を慕うものの、弟イワンはそんな父や兄に反発を覚えてしまう。そんな父は、息子たちと一緒に旅行に出かけることを提案します。
 しかし、母親に育てられた兄弟には、男親の厳しさは分かりません。兄は厳しい父親を慕いますが、弟は幾度となく父とぶつかります。ちょっとした諍いが原因で、雨の中、父親に放り出された弟は、とうとう父親に向かって言い放つのです。
 「なんで今更帰ってきたんだ」
 「おまえがいなくても、うまくやっていたのに」
 それに対し、父親は珍しく口ごもってしまいます。
 彼が父親との距離を掴みかねていたように、父親もまた、久しぶりに出会う息子との距離を測りかねていたように思います。
 何も言わない父親に対し、兄弟の中に『彼は、本当は何者なのか』という疑問が芽生えはじめますが、旅は続き、彼らはやがてとある島に辿り着きますが…。



 父親の存在がキリストに見立てられているのか、マンテーニャの「死せるキリスト」の構図やら、「最後の晩餐」の構図やらが出てくるし、いたるところで「死」を連想するものが出てきますので、なんとなく最後は悲劇で終わりそうだと思ったのですが、やはりその通りでした。
 「僕だってやれる」
 高いところから飛び込めないことをコンプレックスにしている弟は、自分が弱虫ではないことを照明するために、塔の上から飛び降りようとする。それを止めさせようとする兄と、父親。
 最後の最後で息子の名前を呼ぶ父と、同じく最後の最後で父親のことを「パーパ!」と呼ぶ息子の姿がものすごく寂しい。最後の展開がかなり速いのですが、思わず号泣…(苦笑)



 しかし、「父」は、本当は何者だったのか。
 帰った父親に対し、母親と祖母は何も言いません。しかし、兄弟の母親は、久しぶりに帰った夫とベッドに入ることに対し、戸惑いを見せます。しかし、彼女が覚悟を決めてベッドに入ったとしても、夫は隣に横たわるだけです。横たわりながら、閉じることのない妻の目が少し悲しい。
また、旅行中、彼はずっとどこかに電話をしているし、彼がなぜ息子たちを旅行に誘ったのかも分からない。何も告げられることのないまま、旅は唐突に終わりを迎えてしまう。
 そして、彼が掘り出した箱の中身はいったいなんだったんでしょう。監督はこれに対しては「ヴェネチア映画祭の金獅子像だよ」と言っていましたが、箱の中身は各自ご想像ください、とのことでしょうね。(同じ質問が続いたのか、かなりめんどくさそうでしたね:苦笑)
 最後のモノクロームの写真は全て兄弟とその母親のもので、父親が写っているものは全くと言っていいほどない。これは、父親が、家を留守にしていた間、持っていたものだったのでしょうか。彼はそうしたやり方で、自分の家族を思っていたのかもしれません。
 それはともかく、やり方はどうであれ、父親は「父」を知らなかった彼ら二人を導く神であり、「生きること」を教えた存在だったのでしょう。

 そういえば、偶然かもしれませんが、ロシアというのは他のヨーロッパに比べ、父親の権力が強いように思います。そこに出てくる父親は子供にとっての神ですらあるというか。

 「ファザー、サン」とは逆に、この映画は父が息子たちの元へと帰り、そして結局行ってしまう(死ぬ)という映画。「ファザー、サン」の場合はキリスト教における「放蕩息子の帰還」を引っ張って、「子が父の元を離れる罪」をさり気に描いているような気もするんですが、こちらの「父、帰る」は逆に子による父殺しを描いてるのかしら。息子はその成長のために、父を殺されなければならない、ということなんでしょうか。(キリスト教における「父と子」というものは、私も全然詳しくはありませんが。)


 そして、この映画、写真を見ても分かると思うんですが、自然の風景が美しいんですよね。街のシーンなんかもそうなんですが、背景と人物の配置が美しい。周囲が空いているというか、広がりのある映像。特に島の映像は、一面の海と、草原と、透明な青い空。そこを通る風の清清しさ。

 また、子役の二人が素晴らしい。しかし、兄アンドレイを演じたウラジーミル・ガーリンですが、ヴェネチア映画祭の2ヶ月前に、ロケ地でもあった湖で溺死という、悲しい出来事がありました。これから期待の若手だと思ったのですが…。残念です。


ソクーロフ作品よりはかなり見やすいと思う、この作品。
ロシア映画が初めての方なんかにはオススメです。
[PR]
by azuki-m | 2006-06-29 00:23 | ■映画感想文index


「私は、断固たる楽天主義者なのです」
カテゴリ
全体
■映画感想文index
■映画ヒトコト感想文。
■映画こぼれ話
■自己&ブログ紹介
■その他日記
■メモ
■W杯の思い出
■トリノの思い出
以前の記事
メモ帳
にほんブログ村 映画ブログへ
最新のトラックバック
隠された記憶
from Patsaks
『ブロークバック・マウン..
from おきらく楽天 映画生活
『隠された記憶』
from cinema!cinema!..
ぼくを葬る(おくる):映画
from 映画、札幌のグルメはジフルブログ
『叶えられた祈り 』トル..
from Anonymous-source
ライフログ
検索
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧