インサイド



「太陽」

f0033713_059505.jpg監督:アレクサンドル・ソクーロフ
脚本:ユーリー・アラボフ
音楽:アンドレイ・シグレ
出演:イッセー尾形 、ロバート・ドーソン 、佐野史郎 、桃井かおり 、つじしんめい


 私が敬愛する、アレクサンドル・ソクーロフの作品。
 「天皇」を描いた映画なので、かなり物議を醸しはしたものの、それが逆にいい宣伝効果になったみたいですね。
 彼の作品は正直3作くらいしか見ていないのですが、非常に彼らしい、繊細な作品だと思います。ただ、珍しくコミカルな部分があって、ちょっと驚きました。それもなんというか、「日本映画らしい」コミカルなんですよね。「あっ、そう」のやり取りが面白くもあるけれど、夫の口癖が妻にも伝染しているというか、それだけ二人の親密さが出ていていい感じです。
 しかし、全編を通して続けられる「あっ、そう」に込められた何気なさがどこか悲痛で残酷。神の子孫とされ、国の父でもあった天皇は、全てを受け入れるために、「あっ、そう」を言い続けなければならない存在だったのかもしれませんが。
 映画を通して描かれる、神とされた人間の悲劇。そして、戦争を行った人間の苦悩を、ソクーロフは見事に描いています。
 
「彼は、あらゆる屈辱を引き受け、荒々しい治療薬を全て飲み込むことを選んだのだ」(ソクーロフ)
 「真正面から太陽を直視するもう一つの方法。目が眩むか魅了されるか?」(フィガロ紙)


 昭和天皇は生物学に親しんでいた人ですし、自分が神ではないということをよく知っています。「私の体はあなたたちと変わらない」。しかし、側近たちはあなたは神だと言い続ける。そんな側近を見て、口癖の「あっ、そう」を言い、「冗談だよ」と笑う天皇。どうでもいいですが、昭和天皇がダーウィンの事を言ったり、ローマ法王の事を口にするのが不思議な感じ。現人神と崇められる天皇と西洋の神、そしてその西洋の神から否定されるダーウィン。西洋の神はダーウィンを否定しますが、神の子孫たる天皇は進化の法則から外れてるんですかね。

 そして、マッカーサーとの、まるで噛み合わない会話が場にそぐわなくて滑稽です。彼らは互いを理解できず、しかし天皇にとっては自分を「神」と見なさない者との対話です。ソクーロフはマッカーサーとの対話に関し、「人と会話をしなければ、それは人ではない」と言っています。現人神として、人と自由に話すこともままならなかった天皇がする会話があれだとは、非常に皮肉です。
 もともと、文化圏の違う(或いは住む世界が違う)アメリカ人は、天皇の楽園に土足で踏み入り、鶴を追いかける。彼らにとって、天皇とはチャップリン、或いはあの場にいた美しい鳥=鶴のようなもの。そしてマッカーサーにとっては、天皇は「神」ではなく、天皇は国の代表者であり、戦争を生み出した張本人なのです。それでも、マッカーサーは天皇を「子供のようだ」と評する。
どうであれ、彼はただの一人の人間です。生物学に興味を持ち、ハリウッドスターの写真を集め、家族を想ってアルバムを見つめる。彼が心配するのは国民と家族の未来なのです。
 そして、彼は「平安、発展と平和の名において」神格を返上する。「この運命を、私は拒絶する」
 天皇は皇后に向かっていいます。「もう、私達は自由だ」
 けれど、「私の人間宣言を録音した若者はどうした?」と問う天皇に、侍従は言います。「自決致しました」「だが、止めたのだろうね?」「いいえ」 

 イッセー尾形はもちろんですが、どちらかといえば静かな表情が多い中、桃井かおり演じる皇后がこのときに見せた表情が印象的。
 ソクーロフは撮影時、「じっと見つめて!二人を見つめて!全世界の女性の、母親の名において!戦争を、人殺しをなす世界の男たちに怒りを!」「死の世界から夫を連れ出して!子どもたちの許へ、生の世界へ!」と叫んだそうですが、本当に、このときの桃井かおりの演技はすごいと思いました。二人を見つめる、激しい怒り。侍従へと向ける、拭いきれない不審。そして彼女は強引に夫の手をとり、舞台から姿を消すのです。下で待つ、子どもたちの許へ、夫を連れていくために。



 さて。
 ソクーロフ作品に相応しく、好き嫌いがかなり別れる映画。号泣する人もいれば、爆睡する人もあり…(笑)「わけが分からなかった」という人もいましたしね。

 彼独特の映像美はぐっと渋い感じに仕上がっていますが、作風はやはりファンタジック。戦争末期の日本は日本なんだけど、「ここではないどこか」的な日本(でもそれは私が戦争を知らないせいかも。ですが彼の撮る廃墟も防空壕も、寂しい美しさがある。また、後で知ったことですが、この映画は鏡に映った映像をカメラで撮っているそうです。全ての映像がそうなのかは分かりませんが、時折感じる違和感はそれもあるのかも)。「ラストサムライ」のように、西洋人が誇張する「日本らしさ」はほとんどありません。ソクーロフは過去にも日本を題材にした映画を撮ってきましたし、かなり日本通みたいですね。嬉しいことです。
 あと、どうでもいいですが、同じ場面のはずなのに、照明のせいかなんなのか、突然画面の色が変わるんですが…。あれはいったいなんだったのかしら?

 また、音楽も相変わらず(笑)。今回は世界的なチェリスト、ムスチスラフ・ロストロポーヴィチがバッハの「無伴奏チェロ組曲第5番」を提供しているのですが、独特の不協和音やその辺から拾ってきたみたいな音が組み込まれ、苦笑してしまいました。今回のキーポイントはラジオみたい。ラジオをあわせるときの、あの独特の高い音が場にあっていて、天皇の回想と不安を表現してくれます。

 この映画を見るためには太平洋戦争末期の歴史を読んでからのほうがいいかな、と思って映画を見たのですが、そんな必要は全然なし。昭和天皇を描いた作品ではありますが、史実の奴隷となって天皇を描いたわけではないし、ソクーロフ風に言うなら「理想とする」天皇でしょう。ソクーロフはやはり、どこかファンタジックな映画を撮る人ですから。
 なので私の印象としては、これは国と国民を背負う人間の悲劇、国家の父である人間の悲劇、そして自身が「神」ではないことを分かっているのに、それでも「神」にさせられた人間の悲劇。
 人間が人間である、ということは、簡単なようでいて、実は非常に難しいものなのかもしれません。(戦争という行為が、その最たるものでしょう)。そして、そうでいながら「自分は人間である」ということを宣言しなればならなかったナンセンスさ。闇に包まれた人間の前に、それでも太陽は現れるか。
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by azuki-m | 2006-10-15 01:04 | ■映画感想文index
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