インサイド



ヴィトゲンシュタイン

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監督:デレク・ジャーマン
脚本: デレク・ジャーマン 、テリー・イーグルトン


オーストリアの哲学者、ヴィトゲンシュタインを扱った作品。

 えー…ヴィトゲンシュタインについて乱暴に説明すると、20世紀、大きな影響力を持った哲学者で、アリストテレス以来の三段論法を根本から変えた人物。(ホントに乱暴ですが…)
 彼の著作「論理哲学論考」に無謀にも挑戦したことがありますが、私にはさっぱり意味が分からず、5頁くらいで放り投げました(汗)しかし後で思いましたが、あれは、哲学書として読むより、詩か何かとして読めば、案外面白いかったのかも。
 その人生はかなり劇的です。彼が生まれ育ったのは、19世紀末のウィーン。(…1900年前後のウィーンって、確か、クリムト、フロイト、マーラーなど、これだけでも映画を作れそうな人々がうようよいたような気がします。そして、あのヒトラーも!ヒトラーとヴィトゲンシュタインの人生は、何故か不思議にリンクしている時があって、彼の人生とヒトラーの人生を比較した記載を時折見かけます。)ユダヤ人の大富豪の息子に生まれましたが、その遺産を相続しても、全財産を自分から投げ捨ててみたり、戦争に行ってみたり、捕虜になってみたり、教師になってみたり、ケンブリッジに行ってみたり、ロシア移住を計画して失敗してみたり、なんだかものすごく忙しい人。おまけに、兄が4人いた兄の内、3人が自殺という、特殊な家庭事情の持ち主。
 どこかの記事で「芸術家たちの想像力をかきたてる」哲学者と書かれていましたが、まさにそんな感じです。彼の哲学も、生き方も、そしてその複雑な性格も。
 だからこそ、デレク・ジャーマンも彼を描こうと思ったのでしょうし。特にデレクは、ヴィトゲンシュタインのゲイとしての側面にも、強く惹かれたようです。


 ま、そんなことは置いておいて。
 肝心の映画について。
 映画は少年時代のヴィトゲンシュタインが奇抜な衣装をまとい、シンバルみたいな音がバーンと鳴った後、いきなり、「こんにちは。僕はルートヴィヒ・ヴィトゲンシュタインです。神童です」と言ってくれるところから始まります。
 この子役が、また可愛らしい。デレク・ジャーマンの作品には、「どこからこんな可愛い子を見つけてきたのか」と目を見張るような、可愛い少年が出ることが多いです。ちょっと眼福。
 で、この少年時代のヴィトゲンシュタインは、その後も登場し、「緑色の火星人」(突如として現れる…)と共に彼の哲学を解説するなど、無知な私にヴィトゲンシュタインの人生を説明して下さいました。感謝感謝。
 天才的な頭脳を持ったヴィトゲンシュタインでしたが、ケンブリッジで哲学を始めた後、彼はすぐに大学を飛び出し、第一次世界大戦に志願兵として参加します。どうにもケンブリッジが合わなかったようです。しかしその後、彼の出版した「論理哲学論考」は、当時大きな影響力を持っていた数学者ラッセルの序文の力もあって、反響を呼び、彼は再度ケンブリッジに迎えられます。
 …が、ひねくれもののヴィトゲンシュタインは、やはりケンブリッジで上手くやっていけません。大事な講義も嫌がる始末(笑)。ベッドにこもって「出たくない」と駄々をこねるヴィトゲンシュタインを起こすジョニー(生徒)が甲斐甲斐しい。(デレクも普段、こうやってケヴィンに起こされてたのかもしれませんね…なんだか微笑ましい一コマ)
 この時点でのヴィトゲンシュタインは、哲学と哲学者に対し、見切りをつけていたのかもしれません。或いは、全ての答えは彼の中で出ていたのか。
 「澄んだ水を濁らすのは哲学者だ」
 講義の中で、彼が生徒に言う台詞です。

 にしても、天才とは、凡人には理解不能な考え方をするもの。
 彼の行動は常に攻撃的で、その尊大な物言いと小難しい論理は、ケンブリッジでも批判と嘲笑の的になります。
 彼自身は完璧な人間でありたいだけなのですが。
 自分の哲学の重要な部分は絶対に書けず、また、将来自分の論理が理解されるかどうか疑問だと嘆く彼に、ラッセルの愛人、オットリーンは言います。

「どうしてそんなに愛されたがるの?」
「完璧でありたい。あなたもそうでは?」
「まさか」
「なら、どうやって友達でいられるんだ」
「知らないわ!」

 この時のティルダ・スウィントン演じるオットリーンの笑顔が、そりゃもう、自信に満ちたというかなんというか、素敵な笑顔でした。対するヴィトゲンシュタインは初めて何かに気付いたような、はっとした顔をします。(ここで初めて、ヴィトゲンシュタインの顔がアップされます)

 彼はそれでも、ケンブリッジとうまくゆかず、ロシア在住を希望したり(労働者の生活を崇拝していたため)、執筆のためにアイルランドやノルウェーに移ったりと、ケンブリッジを否定し続けます。繰り広げられる学者達の虚実に満ちた世界が受け入れられず、彼の求める完璧な世界はケンブリッジにはありませんでした。しかしそれでも、彼はいつもケンブリッジと、彼の哲学に戻るのです。

「世界を論理そのものにしようとした青年は、それをやりとげた。それは、不完全も不確実なものもない、氷原のような世界だった。しかし、自分の作り上げた世界に足を踏み出した青年は、『摩擦』を忘れていたため、仰向けに転んだ。彼は座り込み、涙を流したが、年をとるにつれ、ザラザラや不確実なものは欠点ではないことが分かった。だが、それでも、彼のどこかが氷原を恋しがった。彼は結局、地面と氷のどちらにも安住できず、それが彼の悲しみのもとだ」

 ケインズが、癌で死の床にいるヴィトゲンシュタインについて、最後に言う言葉です。
 完璧な世界にも、現実の世界にも住めなかったヴィトゲンシュタイン。天才であるという前に、彼は一人の完璧主義者であり、そこから逃れられなかったのかもしれません。


 映画では描かれていませんが、それでも、ヴィトゲンシュタインは死ぬとき、こういったそうです。
「素晴らしい人生だったと伝えてください」と。



 画面は、真っ黒な背景に人物を配置し、カメラの視点が変わらずそのシーンが終わる、というケースが多いです。「エドワードⅡ」が舞台をそのまま映画にしたような画像であるなら、こちらのヴィトゲンシュタインは、まるで紙芝居というか、全く奥行きのない、平坦な画像に見えます。ですが、背景を真っ黒にしても、出てくる登場人物が原色のカラフルな色の服を着ていたりして、その色使いがわりと面白い。またそうすることで出てくる人物だけがぽっかり浮いて見えます。このような紙芝居的作りにすることで、逆に「ヴィトゲンシュタイン」という人物に焦点を集中し、話が分かりやすくなっているように思えます。
 
 ストーリーは、史実に忠実な部分と、デレク・ジャーマンらしい脚色が入り混じり、純粋な伝記物語とはいえません。「カラヴァッジオ」の時にも言われたそうですが、ヴィトゲンシュタインを「私物化している」、ともちょっといえるかも。ですが、その一種のパロディちっくな虚実と事実の絡ませ方が絶妙で、「こういうのもありかも」と思わせる内容。短時間で彼の人生がうまくまとまっているのではないかと思います。
 
 配役について言えば、ヴィトゲンシュタイン役は、「テンペスト」でエーリアルを演じたカール・ジョンソン。ちょっと不思議な感じがしました。精霊から哲学者へ…(笑)
 ラッセルはかのマイケル・ゴフ(バットマンで執事やってました)だし、オットリーンはお馴染み、ティルダ・スウィントン!どんな奇抜な役でもこなす、この方には脱帽。(「コンスタンティン」は事前情報もなく見たので、彼女の登場に目が飛び出るかと思いました。心臓に悪い…)
 また、デレク・ジャーマンの恋人である、ケヴィン・コリンズが、ヴィトゲンシュタインの恋人役で登場しているのですが、相変わらずセクシーです。デレク、趣味がいいなぁ…。


さて………。
ここまでエラソウに書きましたが、

……感想文ってナンデスカ…。

書いてて訳が分からなくなってきました。
やはり私も、「語り得ない事については、沈黙せねばならない」のでしょうか。
ううう…努力します。
しかも、最初にできあがるのは「ロード・オブ・ザ・ウォー」じゃなかったのか…。
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by azuki-m | 2006-01-07 22:00 | ■映画感想文index
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