インサイド



「ぼくを葬る」

f0033713_215819.jpg監督:フランソワ・オゾン
脚本:フランソワ・オゾン
出演:メルヴィル・プポー 、ジャンヌ・モロー 、ヴァレリア・ブルーニ・テデスキ 、ダニエル・デュヴァル


 最近、身近な人が亡くなりまして。最初の方は辛くてしょうがなかったのですが…。
 ただ、映画自体はどこか淡々としているというか、さらっとして流せてしまうので、結局最後まで見れてしまいました。死を扱った作品ではあるのですが、そこまで深刻なものではなく、なんだか静かな映画。
 オゾンなりの、死とそれに続く再生に続く物語。
 なんだか一種の輪廻転生というか、東洋的な死生観だなぁと思ってみておりました。


  人が死ぬということは、その人とはもう二度と話せなくなるということ。
 それなのに、彼は身近にいる人々に何も伝えません。家族にも、恋人にも、職場の同僚にも。 彼がそのことを伝えるのは、死を間近に控え、「自分と似ていると思った」祖母だけです。
 数々のビタミン剤を並べ、「健康に死ぬため」これらを飲んでいるという祖母。そんな彼女が、「今夜私と死んでくれる?」と孫に向かって言います。死を通じて向かい合う孫と祖母。父親(祖母にとっては息子)のこともあって、このときまで彼らの距離はあまり近いものではありませんでした。しかしここに至ってようやく、彼らは近づくのです。
 自分が子供を残せない為だったのかもしれませんが、彼は最初子供が好きではありません。以前から仲の悪い姉に向かって、「自分ひとりで子供を作ったような顔をしている。それじゃ夫も逃げ出すさ」と言い放ち、彼女をひどく傷つけてしまう。けれど、彼はたまたま入ったカフェのウェイトレスから、「子供を作ること」を持ちかけられるのです。彼女の夫に問題があり、夫婦は子供には恵まれませんでした。(しっかし、それがいかに魅力的な男性であろうとも、初対面の人にいきなりそんなことを聞くのってどうだろう(汗)。よほど思いつめてのことだったとは思いますが、他に方法はなかったんでしょうか(汗)。現実に、こういう問題が起ったフランスの夫婦ってどうしてるのよ)
 彼は一度は断りますが、その後、結局その話を承諾します。彼もまた、自身の死を見つめた時、自分の生きた痕跡を残したかったのかもしれません。
 そして、彼は自分の遺産の全てを子供に残し、ひとりで死んでいく。この最後のシーンは、彼は浜辺に横たわったまま、静かに死を迎えます。こうして彼は母なる海に還っていく。


 さて。
 私が苦手なフランソワ・オゾンの作品。
 …なのですが…。
 うーん?
 フランソワ・オゾンのあの特有の毒がないというか…薄れているというか…。
 いつも苦手だ苦手だと言い、見終わった後は散々文句をつけていたオゾン作品ですが、私は案外あの毒を楽しみにしていたのかもしれません…。
 うわぁ…なんだか屈折してますね、私。
 今回はわりと正統派な作品構成なので、それもあるのかもしれないですが。

 で、感心したのは、死を宣告されたロマンの肉体と、死の間際の彼の肉体。やせ細った彼が、浜辺に横たわっている姿は結構尾を引いて残ります。あの肉体を作り上げたメルヴィル・プポーはすごいですね…。なんでも、「スイミング・プール」でサニエの肉体を作ったトレーナーが指導にあたったらしいですが、それにしてもすごい。「死」へ向かう人間を、上っ面の演技以上にその肉体で表現していますね。

 そして、死を間近に控えた人間の行動として、彼と写真との関係が面白い。
 ロマンは全てのものを写真に収めてゆきます。
 以前の仕事で撮った、着飾ったモデルたちの写真ではなく、身近にあるもの、世界そのものを。それは、死んでいく彼なりの、世界を愛する方法のような気がします。言い方を変えれば、死んでいくことを知ってから初めて、彼は自分のいる世界と向き合うようになったというか。
 こういう行動って、他の映画でもわりと見かけますね。


 また、彼と子供との関係。
 死を知らされたとき、人は自分の人生をたどらざるをえない。
 そんな彼の目の先には、いつも子供(と、その母親)がいます。
 それは過去の自分であったり、道で見つけた子供であったり、姉とその子供であったり。
子供である自分を通し、彼は自分の過去を見つめ、そして自分の死の先にあるものを見つめているのかもしれません。
 この映画には子供がたくさん出てきますが、考えてみると、「子供」が暗示するものって、たくさんありますね。死へ向かうロマンと比べ、子供たちの逞しさ、生命の輝き。子供は生命そのものであり、過去でもあり、未来でもある。穿った見方をすれば、彼は死んでもまた赤ん坊として生まれ変わる。或いは、彼が死んでも、彼の痕跡は彼自身の遺伝子を持った子供が残してくれる。この映画の、半裸の男性の傍らに赤ん坊が寝ているポスターですが、非常に上手い構図だと思います。


 そして、ロマンがカフェで出会う行きずりの女性、ヴァレリア・ブルーニ・テデスキですよ!「愛する者よ、列車に乗れ」の印象が強かったので、なんだか意外。そういや、オゾンの前作品にも出てたんだっけね。
 そして、出てくる男性がものすごく素敵な俳優ばかりですね…。医者までカッコイイ。
 さすがオゾン。
 男の趣味がものすごくいいですね。



 蛇足ですが。
 この映画の中に、ロマンが「ぼくが怖い?」と父親に聞くシーンがあります。「ときどきな」と応える父親。それを見ながら、「ファザー、サン」を思い出しました。父と息子の関係。時折家族に対して波紋を投げかけ、ゲイでもある息子を、父は本当は恐れているのかもしれません。ですが、その子供はある意味自分の鏡でもあるわけで。…複雑ですね。
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by azuki-m | 2006-06-22 22:04 | ■映画感想文index
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