インサイド



「ブロークバック・マウンテン」

f0033713_23445531.jpg監督:アン・リー
脚本:ラリー・マクマートリー、ダイアナ・オサナ
出演:ヒース・レジャー、ジェイク・ギレンホール、ミシェル・ウィリアムズ、アン・ハサウェイ、ランディ・クエイド

 …とうとう見て参りました。
 おおまかなストーリーについては、皆さん既にご存知の事と思いますので、何もいいませんが…。
 大自然をバックに、淡々と描かれる、二人の20年。さんざん言われているように、この映画は男性同士の愛情が主軸となっています。
 「映画史上、最も心を揺さぶられる愛の物語」とは、ポスターに書かれている言葉ですが。確かに、この上ない愛の物語です。でも、あれは本当に「愛」だったんだろうか?いや、「愛」は「愛」だと思うんですが。20年という長い年月の間で、いろんなモノが混じり合ってしまったような気がします。
 しかし、カウボーイ同士の愛だけではなく、この映画の隠れた主役は、広大な大自然なんでしょうね。
 自然と対比された人間の矮小さが際立って見えます。


 なんだったかなぁ。
 BBM(原作、映画ともに)を見ていて、高校時代に読んだ、高村薫の「マークスの山」の一文を思い出しました。以下、引用すると、

「下界で生きているときには思いもよらない発展、爆発、開花を感じる。」
「殺人こそ犯すことはなかったが、情念の発作という意味ではそれに近い様態は、何度もあった。」
「憎しみ、愛していると感じたのは、雪と山と寒さと恐怖と、世界と加納のすべてだ。」

(加納というのは、主人公の義兄)
以上、高村薫著「マークスの山」(ハードカバー版76版、425頁より)

 「マークスの山」に出てくる山は登山の山なので、BBMの「山」とはかなり違うのですが、なぜかこの一文を思い出しました。生と死の間に常に身を置く登山と、山で羊の番をする彼らとでは、緊張感はやはり違うはずなのですが、「自然が作り出した、外界とは隔絶された空間にいる、たった二人の男」という意味で、この文章を思い出したのかもしれません。
 …なんだか、彼らのことを考えるたび、どうしようもないよなぁ、と思って。
 彼ら二人がゲイかどうかは分かりません。そんなことはもうどうでもいいです(申し訳ない)。しかし、自然が人を動かし、隔絶された空間の中で、下界では有り得ないほどの激しい感情を生じさせる。その結果が、純粋な友情から、その延長線上のような愛や、セックスになってしまったのかもしれない、なんて。
 でも、だからといって、イニスやジャックが、互い以外の誰かといた場合でも、あんな事が起ったのかといわれると、それはないとも思います。なんだかんだ言って、互いに好意を抱いていたのは事実だと思いますし、それがあったからこそ、行為に及んだとも言える。要は、きっかけです。
 そういえば、井上靖の「氷壁」。こちらも登山の話で、BBMの「山」とはかなり違う状況なのですが、「山は人を物語の主人公にさせる」だったか、やはりそんな一文がありました。
 ブロークバック・マウンテンの中で、彼らはヒーローで、世界は彼らのものだったわけです。そんな記憶は、あまり幸せとはいえない彼らの人生の中で唯一確かなものとなり、そして重くのしかかっていく。

 ブロークバック・マウンテンでの出来事は、言ってしまえば、たった数ヶ月の夢物語のような出来事です。ですが、あまりに美しすぎて、彼らはそこに拘り続けてしまう。ブロークバック・マウンテンから4年、彼らは再会しますが、再会までに4年という歳月を置いてしまったのが、また、間違いの元だったのかもしれない。
 最初は純粋にいい思い出だったんだけど、時が経つにつれて、彼らの環境も、彼ら自身もどんどん変化していく。
 ジャックの言うとおり、「素晴らしい生活をすごせるはずだった」のに、イニスは結局その道を選ぶことはできなかった。なんでこんなことになったのか、どこで間違えたんだろうかと思いながら、二人は引き返せない。思い出すのはブロークバック・マウンテンの記憶でしかなく、二人の間にはそのほかには何もない。

「俺は、負け犬なんだ」

 他にもっといい方法はあったはずなのに、それを否定し、代わりに選んだ婚約者との生活も、最後まで通すことができず。離婚の挙句、貧困と慰謝料とジャックへの想いに悩まされる毎日。イニスのこの言葉が、一番きました。

 なんだか辛いのです。とても辛い。
 イニスは、どうしようもないことではあるんだけれど、結局、彼の嘘が自分だけでなく、周囲をも不幸にしてしまっている。かといって、ジャックと共に農場を始めることが、彼にとって一番いいことかと言われると、それも分からない。
 アルマはそんなどっちつかずの夫に振り回され、あろうことか、自分の夫が「釣り仲間だ」という男を愛していることを知ってしまう。夫とその男とのキスシーンを見た瞬間、彼女の世界は崩壊してしまうのです。

 そしてジャックは、そんなイニス相手に、「頑張りすぎる」(ギレンホール氏談より)。
 原作はジャックの家庭への態度や、ラリーンの夫への態度がかなり冷たいものに感じたのですが、映画の方ではジャックはわりにいい父親として描かれています。ラリーンはラリーンなりに夫を愛し、ジャックもジャックなりにラリーンと息子を愛しているのです。それを見ながら、この人、どんな気持ちでイニスに「一緒に牧場をやろう、一緒に暮らそう」って言ってたんだろうと思って。
 ラリーンは勿論、自分の夫に他の誰かがいることを知っていたのでしょうが、アルマのように目撃したわけではないので、知らないフリを通すことができた。
 なんか男女4人のそれぞれの感情が、痛くてたまらんのですよ…。
 私の勝手な想像によるところも大きいと思うのですが、なんか本当に痛くて。

 ジャックを亡くした後、イニスはようやく自分が天国にいた事を知るのですが、全てが遅すぎる。しかし、ジャックが死ぬことを知っていたとしても、イニスが前進することができたかと問われると、それもちょっと分かりませんが。
 彼はジャックの思い出を、クローゼットに入れ、自身のシャツで包み、ブロークバック・マウンテンの写真を飾るしかない。


 『自分で解決できないなら、それは我慢するしかない』
 アニー・プルーの原作に出てくる言葉ですが、この言葉が非常に重みをもって聞こえてきます。


 …なんというか、見た直後よりも、映画館から帰る途中で映画の内容を思い出していた時のほうが、ぐっときました。時間があったら、また見にいきたいと思います。



 どうでもいいですが。(本当にどうでもいい:汗)
 二人のセックスシーンは、わりにぼーっと見ていた私ですが、二回目、ジャックがテントの中で裸でスタンバイしていたシーンは、飲んでいたコーヒーを吹くかと思いました。
 …いや、多分、そんなシーンに入っちゃうんだろうなとは思ったんだけど。
 なんていうか、ジャックって、変な言い方ですが、…私には、ちょっと共感できるタイプの男性というか。いやその、イニスを誘うやり方とかが、その……うまいですね(苦笑)。
 「俺はオカマじゃない」
 と昨夜の出来事を否定したい男には、体を張って誘わないとダメなのだ。しかしそんな、昨夜の過ちを認めたくないイニスだって、ある程度ジャックがそうしてくれるであろうことは、予想してた(期待してた)と思うし。ジャックがあのシーンで待っていてくれなかったら、彼らの二度目はなかったかもしれませんね…。
 …しかし、このときの彼の年齢設定って、19でしたよね(大汗)。恐るべし、ティーンエイジャー。



そして、フランス映画祭の感想文がまだです(大汗)
こ、こちらも早くアップします。
…うわぁぁん!!(泣)
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by azuki-m | 2006-03-21 23:58 | ■映画感想文index
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