インサイド



「カノン」

f0033713_411465.jpg監督:ギャスパー・ノエ
脚本:ギャスパー・ノエ
出演:フィリップ・オナン、ブランディーヌ・ルノワール、フランキー・バン


 「カノン」は「カルネ」の続編。
 なんというか、こちらも強烈な映画。
 主人公の元馬肉屋の50男の、どん底の人生と、娘への愛、そして「モラル」について。

 「ターネーション」が他人の人生を覗き見る映画なら、こちらの「カノン」は他人の心をぶちまけられる映画。他人の心をさらけ出されることは、それを見る側にとって、ある種ものすごい苦痛です。しかも、彼は何もかも全てに怒りを感じている。暴力的な言葉がまるで弾丸みたいに突き刺さってきます。「考える肉」である男の声は止まることがない。俳優さんも大変だったと思います。1時間40分通して、喋り続けているようなものです(苦笑)。


 前半から後半にかけてのストーリーを書くと、こんな感じでしょうか。
 場面の設定は「カルネ」から数ヶ月。
 女主人の実家で、ヒモとしての生活を続ける男。しかし、女は馬肉屋に拘り、それ以外の仕事をしようとしない男に対し、日に日に苛立ちを募らせていく。そして男の方も、元から金めあてで女に近づいたのであり、女が金を出してくれないとなると、彼女に用はない。
 そんな苛立ちが募る中、ちょっとした誤解がきっかけで、彼らは罵り合い、やがて男は妊娠している女を殴り、流産させ、銃を持って家から飛び出す。向かった先はパリ。だが、金のない男は安ホテルに泊まるしかない。見覚えのあるホテルに彼は落ち着くが、そこは彼が娘を「作った」場所だった。仕事を探しても、友人を頼っても、誰も彼を助けてはくれない。彼の苛立ちは更に募っていく。周囲全てに怒りを覚え、人生は長い穴倉のようなものだと思う。ホテルで銃を眺めながら、自分を陥れた人間を殺し、そして自殺しようと考える男。だが、そんなとき、彼はふと娘のことを思い出す。自分が死ねば、娘はどうなるのか。娘への愛情を募らせる男。翌日、彼は施設へと赴き、「エッフェル塔を見せてやる」といって、娘を連れ出す。しかし、彼が向かった先は自分のホテルだった…。


 男が娘に触れるのは、映画の中盤くらいからなのですが、その前までは本当にどんどん落ちて行く50歳元馬肉男の物語。女主人と仲たがいし、お腹の中の赤ん坊を蹴り殺すシーンがすごい。パリに来てからも、彼の心の声はどんどんどんどんひどくなっていく。それを聞いている私も、たまったもんじゃありません(苦笑)。しかも銃を手に入れてからは、銃という力(モラル)を手に入れたと感じているので、彼にとって気に食わないことがあると、「バーン!」という、銃の発砲音を真似た彼の声が画面に響き渡る。


 ホテルに娘を連れて行った後、物語りは二つに分かれます。一つは彼の想像の世界、もう一つは現実の世界。しかし、この想像の世界がまた強烈…。
 最初の想像のシーン、男はホテルに娘を連れ込み、彼女と行為に及びますが、その後、「これで思い残すことはない」「父さんも、すぐ後に行ってやる」と、娘を撃ってしまうのです。しかし、急所はそれていたのか、彼女は苦しむだけでなかなか死なない。首からどくどくと流れる血。 
 「苦しがってる」「早く殺してやれ」「死ね」「娘が死ぬはずがない」「奴らが娘を殺した」「…俺はいったい誰と喋っている?」「殺したのは誰だ」「俺は善を殺したのか」「神よ、愛しています」「俺をこの肉の塊から解放してください」
 このあたり、今まで安定していた視界がぐらぐら揺れ、早口の声がとめどなく流れ、そして最後に男も自殺します。
 …しかしこれは勿論、想像の世界。男はすぐに現実へと帰り、「俺は善人だから」そんなことはできないことに気付く。娘を抱きしめ、「愛している」と泣く男。ここでようやく心の声が一時途切れ、パッヘルベルのカノンが映像を満たします。
 「おれがお前を幸せにしてやる」 
 「おまえは俺の娘だ。俺がおまえを女にしてやる」
 娘への愛をはっきりと自覚し、そして行為に及ぶ父娘。最後のシーンはカルネ、カノンでよく見られた暗い車道、橋の下といった暗さのある映像ではなく、ホテルの前の、朝の歩道が映されています。


 さて。この映画、ラストの終わり方がかなり…意外というか、唐突というか(苦笑)。今まで壮絶に毒を吐いていた映画でしたので、娘への愛情がピュアすぎて、ちょっと唖然としたのですよ。娘さんのことも、映画中盤くらいまで触れられることがなかったので(映画の主題が「50歳の、元馬肉屋についての物語」だそうですから、仕方ないかもしれないのですが)、かえって、「カルネ」の方が、娘に対する歪んだ欲望とか、卑しさとかが感じられたのです。「カノン」は、娘に対する愛は非常に純粋なものとなっています。ですからその分、娘の他に対する、男の憎悪の対比が鮮烈になっていはいます。「金持ちから」押し付けられたモラルにうんざりしている男。彼は自分のモラルを貫こうと決意し、それが娘との行為に至る一つの理由になっているのかもしれませんが。「ある種の快感が罪とされるのは、それが金持ちどもによって罪とされたからだ」「失うものはなにもない」「俺は俺のモラルを貫く」
 そして、娘は今回も何を考えているのかよく分かりません。しかし、父親を拒むことなく、どちらかといえば積極的に受け入れている。

 今回は、「馬肉」はあまり出てきませんが、男が夢の中で真っ赤な肉を触っているシーンがあります。それがものすごく卑猥で、ぎょっとしました。
 「馬」も、「カルネ」ではかなりはっきり出てきたんですが、この映画では肉処理場で肉の塊を見るくらいかな。ただ、男の人生が「馬肉」そのものなのかもしれません。

 この映画もそうですが、なんというか、私の下手な感想文より、とりあえずは見て下さいと思う映画。(それをいったらだめー)。
 説明がし辛いです…(汗)。男のあの壮絶な内面は説明することができません。
 とはいっても、見た後はとにかく疲れます。

 そして、この映画の後日談とも言えるものが、「アレックス」でしょうか。この映画の冒頭、肉屋の男が再度登場し、「自分の娘と寝た」ことを、同室の男に話すシーンがあります。


 それにしても、娘さんの名前はシンシアっていうんですね…。続編のカノンでようやく名前が分かりました。どうでもいいですが、以前、某映画紹介サイトで、娘の名前が「カルネ」とされてて、ぶっとびました。…いや、「カルネ」って、「肉食」「馬肉」とか、そういう意味らしいですから…。イタリア語とスペイン語でも「カルネ」って「肉」の意味だっけ…。
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by azuki-m | 2006-03-18 04:59 | ■映画感想文index
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