インサイド



「エドワードⅡ」

f0033713_19543620.jpg監督:デレク・ジャーマン
脚本:デレク・ジャーマン、ステファン・マクブライド、ケン・バトラー
出演:スティーブン・ウォディントン、ティルダ・スウィントン、ナイジェル・テリー、アニー・レノックス
音楽:サイモン・フィッシャー・ターナー

 クリストファー・マーロウ(シェイクスピアと同時代の劇作家)の戯曲をもとにした映画。ですので、作中には、あの独特の長い言い回しが随所に溢れています。(正直な話、私、シェイクスピアって、かなり苦手なのです:汗)。しかし、デレク・ジャーマンらしい、様々な拘りを見せた、非常に面白い映画に仕上がっています。

乱暴に要約したストーリー:
寝室にて。エドワード2世(スティーブン・ウォディントン)からの手紙を読むガヴェストン(アンドリュー・ティアナン)。手紙には、ガヴェストンを追放したエドワード1世の崩御について、そして、自分の元に帰るようにと書かれてあった。「王が私を必要としておられる」。彼に会うため、イングランドへと戻るガヴェストン。しかし、あまりにも親密すぎる彼らを、王妃イザベラ(ティルダ・スウィントン)を筆頭とする、宮廷の面々は、苦い思いで見つめていた…。


 映画は、暗い室内の中に一つのベッドが置かれた状態で始まります。その上に腰掛ける男が二人、そしてその後ろでファックする男が二人。…この映像がこれまた濃厚なんですがね(汗)。最初に、これを持ってくるか。
 ガヴェストンは王を純粋に愛しているのか、それとも利用しようとしているのかはちょっとよく分からないんですが、エドワードⅡのガヴェストンへの愛はかなり悲痛。
 「みなが嫌う者を、何故そこまで寵愛されるのか」
 と廷臣達に問われるも、
 「全世界の中で、彼ほど私を愛してくれる者は他にいない」
 と叫ぶエドワードⅡ。(ちょっとうろ覚え:汗)
 二人はやんちゃな子供のようにも見えます。しかしエドワードにはガヴェストンしかおらず、彼はどんどんガヴェストンにのめりこんでいきます。そして、そんな二人を見ることしか出来ない王妃イザベラ。しかしガヴェストンという人物は、かなり奔放で、そして自分を陥れた者に対しては容赦をしない性格です。

「あなたは私から王を奪った」
「いや、違う。王妃よ、あなたこそが私から王を奪ったのだ」

 ガヴェストンから辱めを受け、震えるイザベラ。しかしそんな彼女が王の関心を得ることができるのは、こんな追放されたガヴェウトンの復帰に尽力した時だけです。彼女はやがて、そんな王やガヴェストンに疲れと怒りを覚えてゆき、廷臣のモーティマーと結託して、反乱を企てます。やがて、王座を手に入れる二人。しかしその王座も、やがて王妃の息子(エドワードⅡの息子)、エドワードⅢ世が成長し、剥奪されます。印象的だったのは、この最後のシーン。箱状の檻にイザベラとモーティマーが、埃まみれの人形のような姿で座っています。そしてその檻の上で、チャイコフスキーのくるみ割り人形をウォークマンで聞きながら踊る、化粧をし、大きなイヤリングを身に着けたエドワード王子(エドワードⅢ)。彼は躍りをやめると、しゃがみこみ、自分の足元にいる母親達を見つめているのです。「高みへと上った者は、後は落ちていくだけだ」。権力の移ろいやすさを呪うモーティマー。しかしその上で、エドワード王子は再び踊り出す。


 さて。
 全編を通して、エドワードとガヴェストンの恋愛を主軸にした、真っ向から同性愛を取り上げた作品です。しかしこの中に、当時存在したセクション28に対する、デレクの抗議の色が見えて、単なる「戯曲エドワードⅡの映画化」、というものではありません。エドワードとイザベラの戦争は、ゲイの抗議活動になっているし、結局エドワード(ゲイ活動家)達は、そんな国家の圧力に敗れてしまう、という展開も、彼の断固たる抗議を感じさせます。(イギリスの同性愛者の権利について、彼は自身の著作の中でも、痛烈な批判を繰り返しています)。

 しかしこの映画、「本当に予算がなかったんだね…(泣)」というのが分かる、ありとあらゆる所で支出削減のための工夫が施された映画(デレクの作品としては、予算が多い方なのかもしれないけど)。ただし、それが映画にしては斬新で、逆に面白く見えてしまったのですが。また、予算がなかったのは分かるのですが、かといって決して安っぽい映画ではなく、随所で妙な豪華さを感じる映像に仕上がっています。
 例えば、本来ならコスチュームプレイですし、あの時代のゴテゴテのドレスが必要になってくるかと思うのですが、登場人物は全て現代の衣装。ただし、イギリス人であるエドワード達はポール・スミスの衣装、フランス人であるイザベラはエルメスの衣装と、美しい衣装が用意されています。(しかし、少ない予算をティルダの衣装に費やしてるんじゃなかろうかと思ったり:汗)また、エドワードとガヴェストン二人のダンスシーンには赤いドレスを着た女性弦楽四重奏+アニー・レノックス特別出演。…はぁ。こういうのって、通常のコスチュームプレイなんかで、豪華な室内オーケストラの映像をさらっと流されるより、印象に残りますね。

 映像としては「カラヴァッジオ」の流れをそのまんま引き継いだような感じなのですが、こちらのほうが背景が(まだ)はっきりしていて、奥行きもあります。セットは全編室内で、背景には石っぽい壁があるだけです。その中に人物が立っているだけで、その他はまったく何もありません。椅子や机といった小道具を使うことはありますが、それも画面の中央にぽつんと置かれるだけ。後半になって、野外での映像があるのですが、こちらも「夜」という設定ですので、背景は真っ黒いまま、何も見えません。

 役者陣も、特に美形を揃えているというわけではないのですが、味があっていい。しかし、この時のティルダ・スウィントンは別格。私は彼女をそこまで美人と思ったことはないのですが、このときの彼女には本当に、文句のつけ様がない美しさ、優美さ。しかし彼女の美しさが際立てば際立つほど、彼女の哀れさは増し、彼女への同情を禁じえない。この映画自体、彼女の優雅さに助けられた部分はかなりあると思います。また、エドワード王子役のジョディ・グラバーが可愛らしい。最後の部分は、彼の可愛らしさが余計に不気味です。この子も、「ザ・ガーデン」から引き続いて出演。

 また、この辺、ちょっとよく分からないのですが…。
 このときのデレクは非常に調子が悪く(彼はエイズを発症、闘病生活中だった)、助監督(かな)の方にかなり助けられた部分が多かったとのこと。なので、どの程度、デレクが撮ったのかは分かりませんが、机上の企画は彼が起こし、スタッフ達と話し合って撮影に移ったものですし、だいたい、彼の意向が生きていると思います。

 マーロウという、日本ではあまり馴染みのない人物の戯曲を映画化、というのも充分面白いし、その解釈の仕方も興味深い。
 こちらもかなりオススメの映画。また、デレク・ジャーマンの作品としては案外さらっと流せて見れます。思えば、これが私が最初に見た彼の作品だったなぁ…。あれからこんなにハマルとは、思ってもみなかった(苦笑)。



1991年、ヴェネツィア国際映画祭主演女優賞
1992年、ベルリン国際映画祭国際評論家連盟賞
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by azuki-m | 2006-03-05 19:58 | ■映画感想文index
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